テッカバ
私は二度、唄方くんを殺しかけた。しかしどちらもありえない程の偶然で、彼は傷一つなく生存している。根拠のないただの予感だが、もし彼が撃たれて助かる可能性があるなら、私がすべき事はなんだろう?
唄方くんだけじゃない。どうやったらかりんを助けられるだろう?
「な、何言ってるの? 至近距離よ! 頭よ!」
「かりんさんは偶然を信じますか? 自分はこの事件の捜査で様々な偶然に助けられました。そして自分の持論なんですが……」
そう言ってゆっくりと手を上げる唄方くん。そのままかりんの手と一緒に銃の引き金を握る。
あっ、あっ、とかりんの口から声が漏れる。唄方くんが予想外の行動に出たせいか、さっきよりも手に力が入っているようだ。
――マズイ!
「偶然ってね、連鎖するんですよ。……例えば」
次の瞬間、彼はとんでもない行動に出た。
かりんと重ねた手の、人差し指を一気に曲げる。二人の指が一緒に引き金を引いた! いや、唄方くんがかりんに引き金を引かせたのだ!
「バカ!」
叫ぶことができたのはそれだけだった。やっぱり、バカに武器を持たせては行けないのだ。
カチッ
金属同士がぶつかる乾いた音がした。
銃声が轟き、唄方くんを撃ち抜く。そして彼のこめかみから血が噴き出て……
……あれ? 血が噴き出てこない……。銃声もしない……。
――なんで?
「例えば、偶然銃の弾が不発になったりとか……」
あり得ない。確率的にあり得ない事が目の前で起きている。
銃が……不発?
「そんな……私の銃が……」
一緒に引き金を引いたかりんも茫然としている。こんなチャンス、見逃すわけにはいかない。
目の前の邪魔な雉山を避け、一気にかりんのところまで床を蹴る。かりんは素早く銃を私に向けようとしたが、それよりもこっちの方が速かった。
かりんの首元にずっと隠し持っていた包丁を当てながら言う。
「例えば、偶然包丁を隠し持っている人が居たりとか……」
まさか、こんな所で役に立つとは思わなかった。身体検査を逃げてきた後、なんだかんだで捨てるのを忘れて袖に隠していた包丁だ。
「例えば、偶然手錠を二つ持ち歩いている刑事が居たりとか……だな」
横を見ると信楽警部がポケットから新しい手錠を取り出し、かりんの手首にかけるところだった。私に包丁を当てられているかりんは一切抵抗することが出来ない。