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テッカバ

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 虚ろな目を向ける高槻。彼は既に呼吸をしていない。私の両手と白衣の胸元にはきれいに返り血が付いていた。
 とりあえず部屋の隅の洗面台で手を洗う。部屋のタオルを使うとまずいと思ったので、行儀が悪いが着ていた白衣の裾を使った。自分でも不思議なほど思考が冷静だ。
 まずは自分の身を守るために偽装工作しなくてはいけないと思った。そこで昨日乾とか言うゼミ生から聞いた、冷房の話を思い出す。あらゆる実験が可能なように、研究棟の空調はそうとうな温度まで下げられるとの事だった。
 試しに服の袖を使って、指紋を着けないようにパネルをいじってみると10℃まで下げられた。これで死亡推定時刻は誤魔化せるだろう。もしもこの状況を乾が見たら、私のことを警察に話すかもしれない。一瞬不安なったがすぐに杞憂だと気づく。彼らにも私を脅していたという後ろめたさがある以上、ゼミ生たちが私のことを警察に話す事はあり得ないのだ。誰だって他人の大罪を暴露するよりも、自分の身の方が心配だろう。
 それから死体に刺さったナイフの指紋を念入りに拭き、部屋を後にしようとした時、廊下に人の気配がした。耳をドアに付けて確かめると、立ち話をしている学生グループが居るらしい。現場を出る所を見られるわけにも行かず、窓を開けて部屋を去ることにした。
 窓を開けておくと、疑いの目がゼミ生以外にも向くので抵抗があったが、仕方ない。何も事件から完全に無関係になる必要は無い。疑わしき数万人の中の一人へと埋没するだけで十分だ。誰かに家で怯えていたとでも言っておけば、むしろ捜査の目から逃れ易いかもしれない。
 そうだ! 入学してすぐに仲良くなった黒御簾由佳という子が居たじゃないか! 素直で扱いやすそうだし、彼女に相談する振りをしておこう。
 外に出てから一度だけ、室内を振り返る。死体となった高槻は相変わらず虚空を見つめていた。
 きっとあれは、どこにも存在しない「自分に従順な柘植かりん」という女を見つめているのだ。現実にはそんな人間は居ない。居るのは丁度今、プライドの為にお前を刺殺した柘植かりんだけだ。
 ――私のプライドがあいつを屈服させたんだ……

 なのに。……なのに……なのになのになのにっ!!



「……どうしてあなたまで私のプライドを踏みにじるの?」
 かりんが呟く。
作品名:テッカバ 作家名:閂九郎