テッカバ
高槻は満足気な顔でこちらを見ているが、期待に沿うつもりで来たのではない。
袖口のナイフを握りなおす。持ち手が若干汗ばんできた。
――脅すだけだ。脅して、私を服従させるなんて馬鹿な考えを改めさせる。
「気が早いのは結構なんだが、学生たちなしで始めると私が怒られてしまうからね」
悠長なことを言いながら背中を向け、高槻は自分のパソコンをロックして作業の一時停止をしている。
――次だ。次にこちらを振り向いたら、ナイフを取り出して脅しつけるんだ。
高槻の手元を見つめてその瞬間が来るのを今か、今かと待つ。まだ駄目だ、殺す訳じゃないんだから。殺したりしたら余計に家に迷惑をかける……。
自分は殺しに来たんじゃない。ナイフで脅して、写真のデータを控えも含めて消させるだけだ。パソコンはそこそこかじってるから、ゼミ生のも含めて全部のパソコンに触れさせてもらえば自力で……。携帯のデータもこいつを使ってゼミ生に命令させれば……。
「しかし従順な子だな」
…………え……?
……ジュウ……ジュン?
それって私のこと? ジュウジュンって何でも言う事聞くっていう従順?
対等に交渉する為に来た私が従順ですって……?
無意識の内にナイフを両手で握り、高槻の背中狙って大きく振りかぶっていた。
「今まで何人も君と同じようにしてきたけど、抵抗もせずに素直にここに来るのは初めてだよ」
……違うわよ……私は従ってなんかいない! ただ、交渉しに来ただけ。
そこら辺の凡人と一緒にしないで!
今すぐ高槻の背中にナイフを突き立てようとする右手。それを渾身の力で留める左手。
駄目よ! 殺したりしたら家が……私を守ってきた基盤が……。
「議員の娘なんだから、そんなに軽い女じゃ駄目だよ」
……グサッ。
……もう、いいや。家系とか、どでもいいや。
私は私なの。一番大事なのは私のプライドなの。
私はプライドの塊だから、プライド傷つけられたら一番傷つくんだ。
父親が落選しようが、兄が路頭に迷おうが関係ないや。だって今この場で、今傷ついてるのは私だもん。
だから良いよね……自分を傷つける人を傷つけたって……。
高槻が最後の言葉を発しながら椅子ごと振り向いた瞬間、私の左手はがんばるのをやめた。右手と一緒に開き直って、本能の赴くままに速く、深く、力強く振り下ろした。