テッカバ
「由佳じゃないよね……?」
「えっ!」今度は私が驚く番だ。
「ほら、私が相談した時由佳なんだか思いつめた顔してたし……研究室で高槻教授を襲ったの由佳なんじゃ……」
「無い無い無い。いくら私でも、人を殺そうとまでは思わないよ!」
唄方くんが何か言いたげな目で見てきたが、睨み返して黙らす。「視線で殺せ!」少林拳のテキストにはそう書いてあった。
「だよねー、良かった。あの後由佳の方が講義に来なかったから、もしかしたらって思っちゃってた」
心底安心した、というように胸を撫で下ろすかりん。う〜ん、女の私から見ても可愛らしい。
そんな彼女に尋ねるのは酷かもしれないけど、どうしても訊いておきたい事があった。
「かりん、正直に聞かせて。高槻が死んでどう思った?」
あたしだってこんな事訊きたくない。でも、彼女の思いをはっきりと知っておきたい。
この彼女にとっては幸運な不幸をどう解釈するか、ここに私とかりんの今後がかかっているような気がしてならなかったのだ。
彼女は天井を見上げ、しばし考え込んだ。そして、
「可哀そうだと思う。私はあの人に脅されて、酷いことされそうになったけど、それでも私は高槻教授を可哀そうだと思う。少しはいい気味だって考えたけど、そんな事きっと考えちゃいけないんだ」
……良かった。かりんはやっぱり、私の思う通りのかりんだった。
かりんは強い子だ。どんなに酷いことをされても相手を許そうとする強さがある。彼女と友達で良かった。
私が口元が緩むのを我慢していると、唄方くんに肩を叩かれた。
「さぁ黒御簾さん。そろそろ行きますよ」
「行くってどこへ?」
「そんなの決まってるじゃないですか……」
立ち上がりながら、後ろ髪に手をやって撫でつける唄方くん。そしてまた結局逆立つ強靭な癖毛。
「捜査ですよ」
かりんと別れて私たちは事件のあった研究棟へ。
研究棟は警察によって全館閉鎖、建物の周りには締め出され、行き場を失った学生や教授、職員が捜査の終了を今か今かと待ちわびている。稼ぎ時と思ったのか、不謹慎なことに「屋台研究部」がたこ焼きと焼きそばの屋台を出店している。どうしてそんな部活があるのかも分からないし、それを注意せず、並んで買っている刑事さんたちの神経も私には分からない。