テッカバ
「何であなたたち二人は高級牛丼なのに、お金を出した自分はこんな貧相な食卓なんですか?」
「あら? 私が純粋な善意であなたの分も並んで買ってきてあげたのに、気に入らないのかしら?」
「黒御簾さんの田舎では嫌がらせの事を善意と表現するんですね」
「うるさいわね。これも公衆の面前で人の下着の色を晒した罰よ」
「まったく……白いモノを白いと言って何が悪いんですか……」
「セクハラを格好良く言い換えないで頂戴」
テーブルを挟んで睨み合う私と唄方くん。かりんは困ったように笑いながら見ている。
かりんには唄方という名前だけ紹介した。私に高槻のことを打ち明けてくれた後はずっと講義に出ていて、事件のことも知らないみたい。
腹黒いとか何とか、ブツブツ言いながらも唄方くんは豆腐定食を完食。かりんが残した牛丼にも手を出してガツガツとやり始めた。それを見つめるかりんは、貧しい人にパンを恵む聖人のよう。
そう言えば……と、思い出して唄方くんの財布を開く。さっき少ししか見えなかったIDカードをちゃんと見ておこうと思ったのだ。
免許証ぐらいの大きさに赤のゴシック体で「TEKKABA」の文字、顔写真と個人情報が記されている。目には見えないけど、最近の定期券みたいに電子加工もされてるんだろう。
『唄方道行 性別・男 年齢・19 役職・ギャンブラー』
日本語の横にはそれぞれの英語版の表記もされていて、右下に薄く黒でスペードのマークがプリントされている。裏はさっきも見た通り、スペードの7のトランプにしか見えない。
ふ〜ん。19歳、私とかりんの一つ上か。
「あっ! 返して下さい」
特に断る理由もないので財布ごと唄方くんに渡す。千円以上する高級牛丼二杯分のお金を失った財布は、奪った時より大分軽かった。
「そう言えば、さっきから警察の人がちらほら居るけど何かあったの?」
ガラス張りの壁から外を見るかりん。どうやら、本当に高槻の事件のことは知らないらしい。構内で殺人が起きても授業を続ける大学、恐るべし!
私は言おうかどうか、一瞬迷った。
「かりん実はね、高槻が死んだの……いえ、殺されたの」
「えっ!」
驚いて声を上げ、口元を押さえる。やっぱり食後にする話じゃないわね。
かりんはそのまま「そう、なんだ」と呟くと、どうして良いか分からないという表情をした後、私に訊いた。