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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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闇へ堕ちろ

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一度でいいからこの掌で無限をぐにゅっと握り潰して
俺の手で、無限を具現したいのだ。

さうしてやっと俺は生きる事に我慢が出来るかもしれぬのだ。
何を我儘を今も尚言ってゐるのかと吾ながら自嘲してしまふのだが、
かうまで拗れぬうちに無限と折り合ひが何とか付けられれば良かったのだが、
馬鹿な俺は不覚にもその時機を逃してしまったのだ。
だからといって無限から一歩も遁れられぬ俺は、
無限を追って無様にぶっ倒れるのだ。

さうしてぶっ倒れた俺は抽象的な無限を食らふべく
きっと今も尚無限を凝視し、無様に無限を追ふしかないのだ。



嗤ふ死神

そいつは不意に現はれて生を根こそぎ攫ってゆく。
その現実を前にして現存在は為す術もなく
ただ、死神の思うがのままに、
不意に生を断念させられし。

恨めしき死者たちは此の世を彷徨ひ、
生から幽体離脱した死の状況を呑み込めぬままに
この激変した現実を全的に受け入れる苦痛を味はひ尽くすのだ。
さうして、死者は初めて、己が死んだことを認識し、
己が肉体とさやうならをするのだ。

この後、ブレイクの銅版画絵のやうに死者は肉体から離れ、
吾が死を悲しみをもって眺めるのか。

それはしかし、残酷極まりないことでしかなく、
生き残ってしまったものにとっては
いつまでも宙ぶらりんの現実のままま
現実は止揚されるのだ。

死神の何しれぬ顔で大鉈を揮ひ、
生を根こそぎ奪っていくその刈り取りの様は、
全く慣れたもので感嘆の声を挙げるしかないのだ。

「ふっ」、逃げ惑ふ人間に対して容赦なく生の灯を吹き消すべく、
死神は大鉈を揮ふたびに大風を巻き起こす。

「あっは」とまるで濁流の流れに呑み込まれたやうに
吾はやっとの思ひで息継ぎをし、
後は大水に流されるまま、
その間ぢっと生の尊さを噛み締めなければならぬのだが、
それに堪へられぬ現存在たる吾はすでに生を断念するしかないのか。

俳句一句短歌一首

秋の日に 生死が揺れた 濁流の引力

吾にある 闇深き陥穽に 陥れば 安堵するかな 吾は生くぞや



揺れちゃった

浅川マキの歌が脳裡に流れる中、
仄かに揺らぐ吾の在所に
吾既に蛻(もぬけ)の殻

「揺れちゃった」といふ歌詞に
吾もまた揺れちゃったのだ。
陽炎が揺らぐやうに
吾から飛翔する吾の「本質」は
また、本質であることをはたと已めて
吾手探りで吾を求める
さう、既に吾盲人

何処に消えしか
その吾は果たして吾と呼べる代物か

「はっ」と自嘲の嗤ひを吐き捨てるやうに
天に唾するこの吾は
不意にさやうならを言ふのであった

「バイバイ」

さういって此の世を去ったものに対して
吾は吾と何時迄言へるのか
そんなもの捨てちまへ、と君は言ふが
吾は吾なるものをどうしても捨てられぬのだ

さうして死後もこの世を彷徨ふか
それが吾の運命ならば
ギリシャ悲劇の主人公になった如く
悲劇の運命を微塵もずれずに
その生を生き切るのか

「嗚呼」と嘆く前に吾独りで時間を貪り食らふのだ
さて、その時に現はれしものを何と呼んだらいいのだらうか

俳句一句短歌一首

喪服にて秋月夜のみ輝きし

漆黒の闇に消えにし吾が影は自由なる哉形なしとは



撲殺 二

更に一つのものが有無を言はせずに撲殺されたのだった。
なにゆゑにそれは撲殺されねばならなかったのか、
何ものもその理由を知らず、
さうして、それもまた、撲殺されたのだった。

それは、既に人たる事を已めて、
物になりたく
只管に自虐の渦に敢へて吾を呑み込ませてみたのだが、
何とした事か、それは人たる事を已められず、
人である恥辱をぢっと噛み締めてゐたのだ。

――人である事は恥辱かね。
と、それには数多の愚問が投げかけられたが、
はっきりと言へる事は、
人は人である事で既に恥辱なのだ。

――馬鹿を言へ。

何ものも自己である事を已められぬといふギリシャ悲劇の主人公のやうに
既に定められた悲劇の運命を実直に生きねばならぬとしたならば、
誰がこの生を生きられやうか

――嗤はないで呉れないか。
己は悲劇の主人公とはいっちゃゐないぜ。
運命を、苟(いやしく)も吾は知り得ぬのであれば、
さて、そもそも運命とは何ぞや。
それ以前に運命は存在するのかね。

――何を愚問を。

さう、愚問だ。
しかし、生あるものは森羅万象、
露と消ゆるのみなのだ。
この宇宙に存在する限り、
死は運命なのだ。
これに対して否定する事は不可能だらう。

――いや、何かこの宇宙を飛び立つものは辛うじて次の宇宙にその絆を繋ぐものさ。

――それは不合理だ。

――馬鹿言はないで呉れないか。此の世はそもそも不合理なものだらう。

――否、此の世には法則がしっかりと存在するぜ。

などと、下らぬ問答が蜿蜒と続く中、
此の世に存在しちまったものは
此の世は不合理だと感じてゐるのが
仮に多数派ならば、
或るひは此の世は不合理なのかもしれぬのだが。

さうしてそれは撲殺されたのだ。
なにゆゑかは残されたもののみが考へられる事であり、
撲殺されちまったそれは
もう何にも考へられぬのさ。

――否、死しても尚、念は残るぜ。

俳句一句短歌一首
高き蒼穹 吾を殺せと 喚いてみるが

何といふ 黒き闇夜に 吾捨つる それでも残る 此の世の未練が



薄明の中の闇

其処に開けた闇へ至る道に
立てる脚を持ってゐるならば、
しっかと両の脚で立ち給へ。

もしそれも出来ないといふのであれば、
匍匐してでも薄明の中でその重たき体躯を引き摺ることだ。
さうして漸く目指すべき闇が開けるに違ひない

なにゆゑに今更闇なのかと問ふ奴には
ただ、かっと目を見開き睥睨すればよい。
それが唯一のお前の答へるべき姿勢なのだ。

そして、闇に至れば、闇を愛でるがよい。
しかし、此の世に存在しちまったものに
闇に至るべき術はないのだ。

夢のまた夢、それが闇なのだ。
それに気付いてしまったならば、ただ、黙って瞼を閉ぢて
闇紛ひの贋作の闇に戯れる事だ。
さうして、お前に何かが生じれば、
それを以てして
お前はこの世知辛い此の世で生を繋げる筈だ。

ふうっと一息吐いて
そうして、胸、否、肚一杯に息を吸って
頭蓋内を攪拌してみる事だ。

其処には必ず異形の吾が棲んでゐて
にやりと気色悪い嗤ひを浮かべて、
お前の訪問をぢっと待ってゐるのだ。

それを知りさへすれば、
どれほどお前が此の世を生き易く出来るか計り知れぬのだ。

ただ、生きろ。
それが死したる俺の生きたるお前への遺言だ。

俳句一句短歌一首

秋風に 心誘はれ 魂魄を噛む

生き延びる 術は誰もが 知らぬもの それでも生きる 覚悟があるのか



哀しいと言った奴が

それは何とも不思議な事であった。
確かに哀しいと言った奴がゐて
俺はそちらに面を向けると
そいつは既に姿を消してゐた。
ところが、哀しいと言った奴は
姿は隠したが、絶えず声を発してゐて、
俺を弾劾するのであった。

何をして俺は弾劾されねばならなぬかと言ふと
俺はそもそも此の世に存在するが罪だと言ふのだ。
そんな事を言ったならば、
俺以外も同じではないかと思ふのだが、
そいつに言はせると
作品名:闇へ堕ちろ 作家名:積 緋露雪