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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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闇へ堕ちろ

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おれは落ち着くのかもしれぬ。

それぢゃ、そのものに対しての礼を欠いてゐて、
おれの考へを他に押しつけるのは、
独善的でしかなく、しかし、この状況を何と表現したらいいのか解らぬのだ。

すると、その一つ目のものはぽろぽろと涙を流し、
おれを凝視するのだが、
その事に右往左往するおれは、
とんだお笑ひものなのだ。

しかし、やはり、そのものは戦いてゐたとしかおれには言へず
戦いて妖精の闇の衣のマントに身を隠し、ぢっと蹲りながら、
おれを遣り過ごさうとしてゐたに違ひないとしか思へぬのだ。

と、不意にそのものは、再び闇のマントに身を隠し、
何処にか消えてしまった。

残るは空間の顫動のみで、
そのものが存在してゐる事は間違ひないのであるが、
何故におれの視界にその姿を現はし、
ぽろぽろと涙を流したのかは、
決定的に理解不能なのだ。

だからといって
そのものの存在をおれが抹殺出来る力なんぞはおれは持ってをらず、
そのものにとって或ひはおれの存在が涙を流すほどに哀れであったのかも知れず、
結局は、おれの問題に収斂するのだ。

そのものは何を思ったのだらうか。
――南無阿弥陀仏。
と、そんな言葉が思ひ浮かんだ。



Ivan Linsを聴いてゐたその時に大量殺戮は起きてゐた

現代ブラジル音楽を代表するIvan Linsの軽やかにして心に漣を起こす
時に哀愁すらをも軽みに変えて、何かを叫ぶでもないそんな音楽を聴いてゐたその時に
二十人にならんとする数の人が惨殺されるといふ大量殺戮事件は起きてゐた。

おれは、Ivan Linsの音楽に心地よく酔い痴れてゐるときに
既に地獄絵図の惨劇は起きてゐて、その犯行に及んだ男の供述によれば、
「此の世から障害者が消えればいい」といふやうな趣旨の発言をしてゐるやうで、
それは、つまり、

――あなたが死にたいだけでしょう。それにとってつけたやうな理由付けをするのは卑怯だ。へっ、それ以前に自殺出来ないから他者を殺して死刑にならうとするその性根がそもそも腐ってゐるのだ。死にたい奴は徹頭徹尾独りで死を完結するべきなのだ。

と、そんな言葉が口をついて出てしまうくらゐにおれは絶望の淵にゐる。
現代人は何処でそんな甘えの構造を死に対して行ふやうになってしまったのだらうか。
死にたい奴は独りで死ねばいい。
それが出来ないのであれば、徹底して生きるのが此の世の道理だらうが、
と、そんな瞋恚の言葉が脳といふ構造をした闇たる頭蓋骨内の五蘊場を駆け巡るのであるが、
他者を巻き込まずにはゐられぬ死に方は、
悪魔ですらしないものだ。
人間のみが無辜の人を理由もなしに殺すといふそんな事態に遭遇したときの無力感は、
誰しもが抱く事に違ひなく、
死にたければ、徹頭徹尾独りで死ね、といふ瞋恚に駆られるおれは、
だだ無意味に殺されてしまった人たちに対して祈ることしか出来ぬのだ。

かうしてゐるときもIvan Linsの軽やかにしてブラジルのボサ・ノヴァの延長線上にある
その軽やかさに愛惜が響く、音楽を聴きながら、
この日に突然死んでしまった人達に対して
般若心経を唱へるしかないのだ。
般若心経はIvan Linsの音楽ととっても親和性があり、
それはブラジル人に必ず備わってゐるサウダージといふ哀感が
般若心経と何とも奇妙に調和して、
互ひに響き合ふ。

そもそも死にたい奴は独りで死ね。
これが此の世の最低の礼儀だらう。

譫妄の中で

混濁する意識が辛うじて発した
――おれ。
といふ言葉は、果たして譫妄状態にあるおれのことをどれほど自覚した上で、
発せられたのであらうか。
そもそも意識が混濁することなく、
闡明する中での覚醒した意識が
――おれ。
と発した言葉は、おれの表象の上澄み液の部分で虚しく響き渡るだけなのだが、
混濁した意識の中で発した
――おれ。
といふ言葉ほど切羽詰まった言葉はないだらうが、
しかし、既にその状態のおれは、おれを捨ててゐるのだ。
もうおれを断念した譫妄状態のおれといふものは意識を失ってゐて、
発するのは、譫言ばかりなのであるが、
それは悪夢を見せる夢魔の力なのか、
意識は離合集散を繰り返しながら、
意識の閾値上を浮沈してゐるのだ。
それは多分呼吸と関連してゐて、
息を吐いたときに意識は離散して深海のやうな闇の中へと沈み込む。
そして、息を吸ったときに意識は集合して、
海の水面のやうな意識が意識であり得ることが可能な、
幽かなおれに縋り付き、
おれを見つけたとぬか喜びする。

それが意識の本質ならば、
意識は意識=力といふやうな
量子力学でいふ強い力や弱い力のやうに
意識はその力で結びつけられてゐるかも知れぬ。
譫妄状態ではその意識を束ねる力がばらばらになり、
更に、意識もまた、物質の素粒子で出来てゐるのであれば、
譫妄状態のおれは強い力と弱い力は弛緩して、
意識が意識として存立するのは決してない。

意識を失ったおれが譫妄状態で発する譫言とは、しかし、おれであり、
それは夢魔により見せられる悪夢と似てゐるのは間違ひない。

譫妄の中でおれは貪婪にもおれを鷲摑みにすることを試みてゐるのだ。
しかし、それは悉く失敗に終はり、
おれの意識とは反して、意味の通じない譫言を発するのだ。
それで、おれはおれを捨ててゐる。



己が哀れむのを誰ぞ知るや

既に此の世に存在してしまふ事で、
その存在は既に哀しいのだ。
それはどんな存在でも暗黙裏に承知してゐる事で、
今更言挙げする必要もないのであるが、
しかし、その愚行を敢へて行ふ吾は、
大馬鹿者でしかない。

その自覚があるのに己が哀しいと哀れむのは、
単なるSentimental(センチメンタル)でしかないのであるが、
そのSentimentalな感情にどっぷりと浸る快楽を
おれは知ってしまったが故に敢へて馬鹿をやるのだ。

快楽に溺れるおれはエピクロスの心酔者なのかも知れぬが、
おれはそれでいいと開き直ってゐる。

さうして、他人に馬鹿にされることで尚更快楽に溺れ、
最早、その快楽から遁れられぬ蟻地獄の中の蟻の如くに
おれは存在そのものに生気を吸ひ取られてゐる。

存在に生気を吸ひ取られるとは一体全体何を言ってゐるのかと
吾ながらをかしなことを言ってゐるとの自覚はあるのであるが、
しかし、存在は生気を吸ひ取ることで存在を存続させてゐるのは間違ひのだ。

存在とはそのやうにしてしか存立出来ぬもので、
森羅万象はその寿命を全うし、
次の宇宙が始まるための準備をするのだ。

宇宙とは、何世代もが続くものであり、
宇宙は、ポーが『ユリイカ』で推論したやうに
膨張と収縮を繰り返しながら、
何世代にも亙って宇宙は成長するのだ。

さうして、此の宇宙もその寿命を迎へては、
外宇宙にその座を追はれることになり、
急速に収縮し、
宇宙の移譲が行はれるに違ひない。

さうなれば、再び存在が蠢き出して
その頭をむくりと擡げては、
存在がぽこぽこと始まり、
ものが生まれるのだ。

さうして、再び、次世代の宇宙は膨張をはじめ、
常世の宇宙は幕を閉ぢ、諸行無常の世へと変貌するのだ。

かうして宇宙は次次と取って代わり、多分、無数に存在する外宇宙が
作品名:闇へ堕ちろ 作家名:積 緋露雪