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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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闇へ堕ちろ

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世界とは、そんな諸諸のものを受け容れる度量があるのだが、
おれと来たなら、おれすら受け容れられぬ狭量なおれにまたおれは腹を立てて、
パイプ煙草を吹かすので精一杯なのだ。

頭を冷やさなければならぬとは思ひつつも、
かっかと憤懣遣る方なしのおれの瞋恚は、
只管におれを自虐するのだ。
さうして味はふCatharsisは、
Masochismと何ら変はりなく、
苦悶が快楽になったおれは、
さうしてやっと世界の中に存在する事の不快を
噛み締め味はへるのだ。

何とも哀しい存在ぢゃないか、このおれといふ存在は。
おれはおれを受け容れられず、
駄駄っ子のやうに世界に甘えるだ。
その甘えてゐる間だけ、おれは此の世に存在出来、
さうしてやがては滅するのだ。

しかし、それがそもそも受け容れられぬおれは、
矛盾しているのだが、不死を望んでは虚しい溜息を吐き、
その矛盾した様に自嘲する。
諸行無常に収斂する此の世の法は
世界の自己憤懣の表はれとも言へるのだ。

――もういいかい。
また、何処かから子どもの声が聞こえる。
おれは
――まあだだよ。
と答へるのだが、
てんで隠れようともしないおれは、
おれといふ餓鬼に見つけられるのを唯待ってゐただけなのかも知れぬ。

さうして何が見つかるといふのかといへば、
闇を怖がって闇の中で蹲ってゐるこのおれに違ひないのだ。



憧憬

Nostalgic(ノスタルジック)にも、
もう二十年数年聴いてゐなかった塩化ビニール製のレコード盤を取り出して、
そのレコードに針を落として久方ぶりにそれに聴き惚れてゐるのであるが
走馬燈のやうに吾が頭蓋内の闇たる五蘊場を駆け巡るかつての憧憬が
現在、実現したのかと自省するも、
脳といふ構造をした五蘊場は、あの頃と何ら変はってをらず、
ふつふつと今も熱情を、吾を追ひ込む熱情に滾(たぎ)りながら、
Speaker(スピーカー)から聴こえる嘗て憧憬した小林麻美の歌声に
おれはかっかっと身体を熱くさせながら、
あの頃のおれがおれの内部ではしっかりと生きてゐて、
おれといふ重層的なその存在の在り方は、
何処と無くしっくりと来るおれの在り方なのだ。

何時でも過去のおれが顔を出すおれの現在の有様は、
それだけ歳をとったことの証明でもあるのだが、
しかし、死すまで、多分、おれのこの滾った感情は変はることなく、
おれの内部でとぐろを巻いてゐるのだ。
歳をとる度にそのとぐろの巻き具合がきりきりとこのおれを締め付けてゆき、
最期になって、おれは、空也上人のやうに、おれの口からおれの姿形をした
言の葉かそれとも唯の息かは解らずとも、
おれが溢れ出る事には違ひないのだ。
そのおれが超新星爆発の如く最期の時に溢れ出ることをおれはタナトストンと名付けて
その死の激烈な爆風を表現してゐるのだが、
タナトストンは、やがて、何かの存在物、それはもしかすると物自体なのかも知れぬが、
その存在物にぶち当たり、その存在物の五蘊場でタナトストンはカルマン渦を巻き、
不意にその存在物は吾といふ存在に目覚めるのだ。
さうやって存在は連綿と繋がってゆき、
森羅万象は絶えず吾に目覚めゆき、
その業を背負はなければならぬのだ。

タナトストンがぶつかり、カルマン渦を巻く
その象徴としての墓石であると思ふのであるが、
現代人は、既にタナトストン、
つまり、別称でそれを敢へて呼べば、靈の存在といふことになるのだが、
タナトストンの存在なんぞ全く信じなくなり、
つまり、森羅万象に吾が宿ってゐるとは最早考へられずに、
無機物と有機物、物体と生命体、人間とその他の生き物とを
何の疑ひもなく分別して世界を秩序あるものとして看做してゐる。
しかし、吾といふ魂、否、念は森羅万象に宿ってをり、
ぶつぶつと囁いてゐるその憤懣の声を
きちんと聞く耳はすっかり失はれて久しい。
それでも何処も彼処も吾に対する憤懣の声に満ちてゐるのは
何ら太古の昔と変はってをらず、
今も聞く耳を持ってゐるものは
確かに此の世は吾に対する憤懣、若しくは怨嗟の声に充ち満ちてゐて、
タナトストンの爆風を体感する筈である。

そこには、また、憧憬も存在する筈で、
タナトストンとともに飛ばされたある存在の憧憬もまた、
今生に存在するものに宿るのだ。
さうでなければ、此の世が諸行無常である必然はなく、
恒常不変な下らない世界で充分なのだ。

さて、あの頃の憧憬が不意に顔を出した瞬間のおれにおいては、
その憧憬を抱いてゐた嘗てのおれはあかんべえをするのであるが、
そんな茶目っ気があるのかと此方もにやりと嗤ふのだ。

――諸行無常の鐘の声、
と、知らずに口をついて出てきたその言葉は、
此の世の本質に迫った優れてた読み甲斐、聴き甲斐がある物語なのだ。
そこには嘗て存在したものたちの念が宿ってゐて、万物は流転する。

――嗚呼、
と嘆く声がした方を見ると
そこには嘗てのおれが顔を泣き腫らしてゐて
吾に襲撃されたその恐怖に戦いてゐた。



戦(おのの)くのは誰か

漆黒の闇の中にぢっと蹲って息を潜めてゐるそのものは、
妖精の闇の衣を被っては
雲間の曙光のやうに
ぎろりと一つ目の眼(まなこ)のみを光らせて、
外部を窺ってゐる。

しかし、そのものを包むか細い空間は顫動してゐる事により、
そのものはぶるぶると恐怖に震へ、
若しくは、そのものは巨大な巨大な重力を持つ事により
強烈な重力波を発しながら、その存在を暗示させてゐるのか。

いづれにせよ、そのものはぶるぶると震へてゐて
その震へが止まらぬのは確かなのだ。

存在すること自体が震へを伴ふならば、
そのものは、身を隠すのに大きな失態を演じてゐて、
正(まさ)しく頭隠して尻隠さずの典型でしかない。
そのやうな状況でも、身を隠さねばならぬそのものは、
自身に負ひ目を負ってゐるのか、
それとも存在以前の問題なのか。

――馬鹿が。

と不意にそのものは呟いて、己の存在を嘲笑ってゐるのかも知れぬのだ。

その漆黒の闇は、絶えず光を当てられてゐるのであるが、
闇であることを已めず、唯、一つ目の眼のみがぎろりと光ってゐて、
何ものかが存在する事だけは確かなのだ。

すると、はらりと妖精の衣が剥がれ落ちた。
と、その刹那、一つ目の化け物がその姿を現はしたのであるが、
しかし、それを名指して某と断定するにはおれは決定的に語彙が足りない。

そのものはおれに名付けられる事を是とするのか、
闇のマントを纏ひながら
一つ目の偉容な姿をおれの視界の中で屹立させたのだ。

しかし、尚もぶるぶると震へてゐたそのものは、
何かに戦いてゐるとしか見えず、
それは、強ひてはおれの想像力の欠如に違ひない事の証左でしかないのであるが、
ぶるぶると震へてゐる状態を戦くとしか見られぬこの発想力の欠如は
如何ともし難く、確かにそのものは戦いてゐた筈である。

では何故、そのものは戦いてゐたのか。
それは、存在する事その事に戦いてゐたのだ。
と、さう結論づけたいおれは、
おれのおれに対する姿勢をそのものに投影して
そのものの事を理解したふりをするのだ。

何にも解っちゃゐないおれにとって、
そのものが戦く事の理解を強要することでのみ、
作品名:闇へ堕ちろ 作家名:積 緋露雪