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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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闇へ堕ちろ

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その問ひに窮する俺は、しかし、確かにお前を前にして対座してしてゐたのだ。
へっ、これが白昼夢であっても構はぬ。
お前にさうしてかう問ふのだ。

――仮令、お前が幻視のものであったとしても、おれにとってはそんなことはどうでもいいのだ。唯、お前が俺の前に対座するその様に、俺はお前の覚悟を確かめてゐる。

と、さう独りごちた俺は、端から俺の眼前に何ものも対座したものなんてゐやしないことなど百も承知で、それでも空虚に問はざるを得ぬのだ。

――お前は、先づ、どこからやって来た?
――そんなことお前の知ったこっちゃない!
――へっ、己の出自が元元解らぬのだらう? 教へてやるよ、お前は俺の五蘊場からやってきたのさ。
――五蘊場?
――さう。五蘊場は頭蓋内の闇が脳という構造をした場のことだ。
――何を勿体付けてゐる? 五蘊場など言ひ換へるまでもなく、頭蓋内、若しくは脳でいいぢゃないか。
――何ね。俺は死後も頭蓋内の闇に念が宿ってゐると信じてゐるのさ。
――馬鹿な! それでは地獄を信ずるのかね?
――勿論だらう。地獄でこそ、自意識は卒倒することすら禁じられ、絶えず己であることを自覚させる責め苦を味ははなくてはならないのだ。地獄では責め苦の苦痛を感じなくなることは禁じられ、未来永劫、目覚めた状態であることを強ひられるのさ。さて、地獄行きが決まってゐるやうな俺は、今から、自意識が、つまり、念が地獄の責め苦を未来永劫味はふそれを、楽しみに待ってゐるのだ。
――お前は本物の白痴だな。
――常在地獄。此の世もまた地獄なのさ。
――何故に、お前はMasochist(マゾヒスト)の如く己を虐め抜かなければならぬのだ。
――何、簡単なことよ。俺から邪念を追ひ出したいのだ。
――純粋培養になりたいといふこと?
――Innocent(イノセント)が偽善となったこの状態を破壊したいのさ。
――純真は偽善かね?
――嗚呼、純真は己に興味を引くやうにと装ふ悪者の常套手段さ。尤も、此の世は純真なものを毛嫌ひしてゐるぢゃないか。
――本当にさう思ふのかね? 例えば子犬は純真なものとして殆どの人に愛されるぜ。
――現存在が子犬になれるかね? そんな無意味なことを言ってみたところで、何にも語っちゃゐないぜ。唯、はっきりとしてゐるのは、純真な現存在は疎んじられるのさ。何故って、純真は鏡として吾に不純な己を見させてしまふのさ。

吾は何を思ふのか。
赤赤とした満月が地平線からゆっくりと上り出した今、
のたりと動く満月を凝視するために雁首を擡げた俺は、
そこに純真を見たのさ。だから、どうしたと言はれれば、
答へに窮するが、しかし、時間は確かに見えたんだ。

――例へばどのやうに?
――万物流転さ。
――それで?
――それだけさ。
――万物流転なんぞ、大昔に既に言はれていたことだぜ。
――それがやっと解ったのさ。

何と理解力の無い己よ。
俺は、その愚鈍な俺の重重しい意識を持ち上げるやうにして、その場を立ち去り、
さうして、胸奥でかう呟くのが精一杯だった。

――俺は俺か?



魔が差す

平衡感覚に不図魔が差す刹那、
吾が五蘊場では何かの繋がりが切断したやうに
何ものも摑む物を失ひ、
そのまま、卒倒するのだ。
意識は、しかしながら、とってもはっきりとしてゐて、
ぶつりと切れたその五蘊場の繋がりを再び繋ぎ合わせる余裕はなくとも、
ぶっ倒れゆく己のその様は、とてもゆっくりと起こり、
だが、確実にぶっ倒れた俺は、
地に臀部が接した刹那、
意識が膨張するやうな錯覚を覚え、
肥大化する自意識と言ふ化け物を見てしまった。
その化け物は、さて、何思ったのか、吾が肥大化した自意識を喰らひ始め、
少しでも、吾が身を落ち着かせやうと肥大化した自意識を萎ませやうと躍起となるのかも知れぬが、
一方で、地に平伏すしかない俺は、最早身動きもできぬ嘆かわしい事態に遭遇する。

頭蓋内が鬱血したかのやうな感覚が甦る中、
衰へゆく吾が肉体の有様は目も当てられぬのだが、
それでも生きることは已められぬ侘しさを思ひながら、
意識のこの切断に見る狼狽は、全く凪ぎ状態であり、
悠然と吾が卒倒を味はひ尽くすやうに肥大化した自意識は、
自らを喰らひつつもその歯形で五蘊場に卒倒の記憶を刻むのか。

意識に魔が差すといふことが卒倒でしかない吾が反射の貧弱さは、
目を蔽ふばかりではあるが、
それでも、尋常ではないその状況は、受容せねばならぬことなのだらう。

意識に魔が差したとき、
今振り返れば、その前兆は何もなかった。
ただ、不気味な予兆はあったに違ひないのだ。
しかし、それにすらも気付けぬ俺は、
感覚が愚鈍化してしまった木偶の坊でしかないのだ。

魔が差す意識といふものの時空の間隙に、
自意識はその穴を埋めるやうにして急速に肥大化し、
しかし、それに危機を抱く自意識と言ふ矛盾した自意識の在り方に
この俺は、内心ではをかしくてならぬのだ。
何故って、この慌てふためく吾と言ふ自意識の肥大化が、
内部矛盾を招きつつ、やがて崩壊するのだらうから。

この卒倒が極めて深刻な病の前兆だとしても
それはそれで楽しむべき物なのだ。
何せ、生きていることが不思議なのだから。
ここで、言語鋭利にして切れ味鋭く表現すれば、
諸行無常と言ふ外なく、生あるものは何時しか滅する定めの中で、
少しづつ、否、忽然と歯車が狂ふやうに統覚に軋轢が生じ、
卒倒するといふ事態に対して平静を装ってゐるが、
しかし、最期は必ず来るものと諦念が先立つ生は、
しかしながら、本末転倒の生でしかなく、
諦念は、命尽きてからでも決して遅くはないのだ。

とは言へ、断念することは現在に投げ出されてゐる俺にとっては、
必然のことで、この肥大化する自意識に喰らひつく自意識の存在は、
俺に何頭もの自意識の化け物が五蘊場には存在してゐることを示す証左であり、
それが俺だと、叫びたい欲求は空前絶後のものとしてある俺は、
ところが、さう叫ぶことに全くの忸怩たる思ひしか抱けぬのだ。

哀しい哉、俺と言ふ存在を肯定できぬ俺は、
事ある毎に俺を否定し、胸奥で俺を虐待するMasochismに耽るのだ。
自己を虐め抜くことでしかその存在を保てぬ哀しさは、
意識に魔が差した今になって、より闡明するのだ。



誘惑

何人もの女性が群棲するが如く電脳筐の画面に出現する誘惑のメール群は
それが殆どサクラで、それを生業にしてゐる、多分、女性達の哀しいメール群である。
それでもその中に本当に俺を誘惑してゐる哀しいメールが存在し、
俺もまた誘惑されたくありながら、
その本音を隠して、騙された振りをしては、
返事をしたりするのであれが、
捻ぢ切れちまった俺の心は、
既に何の情動も起きずにそれらの卑猥なメールを読み流してゐるのみで、
何の欲情も起きずに、年相応の反応しか最早できぬ齢を重ねた年月の流れの速さのみに、
苦笑ひをするのである。

それらの卑猥な言葉で俺を誘惑するメール群の中でも、何を勘違ひしたのか、
既に俺と関係を結んだかのやうな妄想、否、譫妄状態にある女性の哀しさが滲み出た、
女性と言ふ性の哀しさに対して、哀れみを持って返事を返すのであるが、
作品名:闇へ堕ちろ 作家名:積 緋露雪