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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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闇へ堕ちろ

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Norah Jonesでさへも、
Rickie Lee Jonesを超える事はなかったのだ。

しかし、それをいとも簡単に超えた歌声の持ち主が現はれた。
その名は元ちとせと言ふ歌姫で、民謡に本源を持つ彼女の歌声は、
世界的に注目されべき物である筈なのだ。

だからといって、底知れぬ私の欲は、
それで満足することはなく、
更なる美声を求めて、
ついに、現代音楽家のアルヴォ・ペルトに行き着いたのだ。
ペルトが生み出す荘厳で静謐な音世界は、
美声の洪水に溺れる私の快感を実によく満たし、
それは現代音楽家・柴田南雄の風音にも似た何重もの音色の歌声が重ねられ、
声の滝が下り落ちるのではなく、
地から立ち上るやうに湧き上がる音圧を持つ楽曲に圧倒される快楽は、
武満徹の刹那的な、しかし、永劫を含有する優れた音楽を聴く快楽をも引き寄せて、
それらは私の思考の癖を能く表してゐるのだ。

つまり、音楽に沐浴するが如くにじっくりと浸かりたいと言ふ快楽に溺れる時間が、
何事にも耽溺せずにはをれぬ私のものに執着する執着心の欲深さが
私をして欲深い存在のその本性が浮き彫りになる。



存在が揺らめいた

何を思ったのだらう。
私は無意識に日向へと出て、
私の影法師を踏んづけたのだ。
さうせずにはをれぬ私は、
不図我に返ると
苦笑する以外、その場を遣り過ごすことは出来なかった。

しかしながら、さうして私に踏んづけられた私の影法師は、
もぞもぞと動いては私から何としてでも逃げたくて仕方がないのを
最早全く隠すことなく、
私にあかんべえをしながら、
揺らめいてゐたのであった。

日向の世界は仄かに暖かく、
私を私に自縛しながらも、
闡明する世界を私に見せたのであった。

成程、世界は根本的には美しいものに違ひないのであったが、
私には、幻滅しかもたらさず、
しかし、世界には私の思ひなんてこれっぽちも気にする筈もなく、
その美しさを持て余しているやうに見えた。

美しいこともまた、哀しい存在なのかも知れぬとは
世界がさうである以上、私に絶えず意識させずにはをれなかったのであるが、
美しいことはやはり罪深いかも知れぬと思はざるを得なかった。

しかし、私にまだ、美を見出す感覚が残ってゐやうとは思ひもよらぬことではあったが、
世界はそれ程に美しかったのである。

さうして、日向の美に溺れた私は、
影法師を私から自由にするやうにして踏んづけることを已めて、
ぐるりと世界を見渡して、
エドガー・アラン・ポーの『ユリイカ』の一説にあるやうに、
世界を一瞥で理解し果せられるかとの錯覚に溺れつつも、
ハクションとくしゃみをした世界を見て、
私は微笑まざるを得なかったのである。

何にせよ、私はまだ、この世界の中に存在してゐて、
さうして揺らめいてゐたのである。

それは影法師が揺れてゐたことから解ったし、
また、私自身、揺れてゐることを感じてゐたのだが、
それが存在自体が揺らめいてゐるとは知る由もなく、
一人の馬鹿者でしかない私は、
私にばかり目を向けてゐた所為で、
結局私は、何にも見てゐない節穴の眼で、
世界を、存在を眺めてゐたに過ぎぬのであった。

――初めに揺らめきがありき。さうして存在は此の世に立ち現はれるのだ。うふっ、そして、其処には笑ひに満ちた世界が広がる。唯、私のみを置いてきぼりにしながら。



くさめをしてみたが

――ハクション

と、くさめをしてみたが、
誰かが私を噂してゐる筈もなく、
孤独をこよなく愛する私にあって、
くさめは、花粉症の始まりかも知れなかったのだが、
一つ、くさめをしたところで、そんな筈もなく、
やはり、私を噂してゐる他が此の世に存在してゐるのかも知れぬ。

しかし、くさめをしたのだから、私は背をぴんと伸ばさなければならぬのだ。
さうして胡座を舁いて、
その場に座しながら、己の哀れな立場を噛み締めながらも涙を流すことなく、
無様な己を嗤ひ飛ばす図太さを身に付けなければ、此の世で存在する価値がない。
泣いてゐる時間があれば、その分、更なる屈辱の中、
私は私を感じながら、その私を断固として拒否するべきなのだ。

――それで、お主は己の存在に堪へ得る術を見出したのか。仄かにお主から立ち上る霊性にお主の哀しみが表れてゐる。それで、お主はお主の存在の拠り所をくさめする己に託せるのか。それでお主はくさめする己の存在に嬉嬉として喜んでゐないだらうな。



擬態する神

何てことはない。
神と呼ばれてゐたものは、
森羅万象に擬態し、
その身を隠してゐて、
常人には見えない存在として此の世を闊歩してゐたのだ。

それが知れたからと言って、
神は全く臆することなく
擬態に擬態を繰り返して
此の世の森羅万象に変化するのだ。

しかし、それを一度知ってしまった者は、
気が触れて、気狂ひとして後ろ指を指されながら、
途方に暮れて、
それでも砂を噛む思ひをしながらも何としても生き延びるべきなのだ。

だが、神を見たという者は最早それのみで此の世の中で孤立せずにはをれぬのだ。
何とも残酷な仕打ちなのだが、神を見てしまった者は基督のやうになる外にないのだ。
此の世に見捨てられ、磔刑にかけられて、
神を全く信じぬ白痴の者達に
嬲り殺される外ないのだ。

さて、俺はこれまでに何人の神を見た者を見殺しにしたのだらうか。
俺がその咎から遁れられぬのは言ふに及ばず、
実際に自責の念に駆られながらも、
神なんぞ信じることなく、
森羅万象の秘密を知り得べくと思ひ上がった先入見により視野狭窄に陥り、
さうして実際に森羅万象の秘密を一度は科学者に委ねたのだ。

しかし、それが誤謬でしかないといふことが解ると
俺は顔を蒼白にしてぶるぶると震へ出し、
ずぶ濡れの子犬の如く此の世に懺悔したのであった。

擬態する神は、
しかしながら、そんなことには眼もくれず、
森羅万象に変化することを楽しみ、その自在感に満足至極の態で
俺にあかんべえをして、
にこにこと嗤ってゐやがるに違ひないのだ。

それに憤怒した俺は、しかし、神の為すがままに弄ばれて、
遂には此の世に屹立する場を失ひ、
俺はやうやっと闇に擬態する術を覚えたのだ。

闇に紛れてゐる俺は、
やがて盲て完全に闇に同化するに違ひなく、
さうでなければ俺は直ぐにでも自死の道を選ぶのであったが、
かうまで神に弄ばれたまま、
憤死するのも忌忌しく、
闇の中で眼光鋭く神の擬態を見破って
神諸共死するべく、
その時を只管待ってゐて
闇の中で息を殺してゐるのだが、
闇に目が慣れて来るに従ひ、
視力は弱り、
神の擬態を見破るなんて俺の思ひ上がりに過ぎぬのであり、
俺が闇に身を隠したことが既に俺の敗走の始まりでしかなかったのだ。

――そんなへっぴり腰ぢゃ、私の擬態を見破るなんて千年早いぜ。ふっふっふっ。ほれ、もっと闇を喰らって、闇で私を捕へる術を探るんだな。へっ。何時まで生きてゐることやら、ふはっはっはっはっ。ざまあないぜ。



端座する

俺の振る舞ひに決定的に欠けてゐる礼儀は
ここぞと言ふ時には全的に大仰なその形式に則って
先ずは端座するべきなのだ。

例へば他人を前にして、
作品名:闇へ堕ちろ 作家名:積 緋露雪