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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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闇へ堕ちろ

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《吾》を一人現在に置いてゆく。
嗚呼、《吾》が《吾》為る事の哀しさよ。
こんなに哀しいことはない。
だが、《吾》は尚も現在を生きねばならぬのだ。
其処は底無しの沼の如く何時果てるとも知れぬ深淵。
現在とは穴凹なのだ。
其処に貉の如く《吾》は生くるのみ。
生くるは孔への陥落、堕落。
さうして、《吾》は杭の如く現在に佇立し、
時空間のカルマン渦が派生する。
さうして《吾》は《吾》が作りしカルマン渦に呑み込まれるのだ。

嗚呼、こんなに哀しいことはない。
《吾》は《吾》為る事の哀しさは、
《吾》にしか《認識》出来ぬのだ。
さうして、《吾》は渦に呑み込まれ、
底無しのその孔に自由落下、若しくは昇天するのだ。
嗚呼、こんなに哀しいことはない。
《吾》が《吾》であることを知ってゐる《もの》は
全てその哀しさの深さを測りかねてゐる。



《世界》を握り潰す

彼はまんじりともせずに只管、眼前の闇を凝視す。
――何故か、《吾》が憤怒にあるのは!

さう自問せし彼は闇の《世界》を無性に握り潰したくて仕方がなかった。

――《世界》? 誰かに呉れちまえ!

《吾》ながら何故かをかしかったので、
思はず苦笑せし。

――かうして《吾》は滅んでゆくのか……。

彼はさう独り言ちて、
むんずと手を伸ばして
《世界》を握り潰せし。
そして、《世界》は憤怒の喚き声を発せし。

――何する《もの》ぞ。《世界》と呼ばれし《吾》は、お前なんぞに変へられてたまるか!

虚しき喚き声のみ残して《世界》は《存在》を始めてしまった。

その時、《世界》は一言呻いたのだ。

――あっ、しまった。

かうして《世界》は《存在》を始めたのだ。
しかし、未だに《宇宙》は誕生せず。

後は「神の一撃」で、
《宇宙》が始まるのを待つのみ。

しかし、《宇宙》は産まれたがらず。

而して《世界》は《宇宙》転変して開闢せし。

だが、再び、業の中に《世界》は堕ちし。



たまゆらの永劫

不意に襲はれた眩暈に
「私」は永劫を見たのだ。

時間は吃驚して逆転し、過去が未来に、未来が過去へと転回し、
「私」の頭蓋内の闇たる《五蘊場》には
《吾》が漸く《吾》にしがみ付く意識と無意識の狭間で、
何処かで見たかのやうな《世界》が表出す。
しかし、それもたまゆらの事で、
《吾》はあっと言ふ間に闇に呑み込まれし。

残るは無音の「死んだ《世界》」か。
しじまの中で「私」は何とか声を上げ、そうして消えゆく意識に
さやうならを言ったのだ。

しかし、「私」は何にさやうならを言ったといふのか。

さうして、「そいつ」が現はれて、かう呟いたのだ。
――お招き有難うございます。

はて、「私」は「そいつ」を招いた事は今までなかった筈だが。
そもそも「そいつ」は何《もの》だったのか。
消えゆく意識に《吾》は溺れ、
そうして入水するやうに
「私」は白き白き深い闇に陥落す。



無限を喰らふが

此の渺茫たる虚無は何処からやって来たと言ふのか。
確かに無限を喰らった筈なのだが、
どうしやうもない虚無を埋めるには
無限を喰らったくらゐでは
埋めやうもないのだ。

ならば、何を喰らへば
多少なりとも肚は膨らむのかと
自問するまでもなく、
此の《吾》を丸ごと喰らへば
少なくとも上っ面の満腹感は得られるのだが、
そんな事は逆立ちしても無理なのだ。

徐に大口を開けて欠伸をしてみたが、
何だかとてもをかしくて、
吐く息と一緒に無限は私の肚から漏れ出てしまった。

そして、眼前には涯なき無際限の《世界》が漫然と拡がってゐたのだが、
それを見た事でわなわなと震へ出したのは、
拙い事には違ひなかったが、
でも無限はそもそも限りある《存在》には
恐怖の対象でしかない。

――ちぇっ。
と、舌打ちしてみたのだが、
その虚しい音が蜿蜒と
無際限の《世界》にいつ果てるとも知れぬ反響を繰り返し、
《吾》のちっぽけな有様に抗するやうにして
唯一人この無際限の《世界》に直立したのだ。
さうして崩れ落ちさうな己の心持を何とか支へる。



哀歌

チェンバロの哀しげな旋律に誘はれるやうに
むくりとその頭を擡げた哀しみは
胸奥に折り畳まれてある心襞に纏はり付きつつ、
首のみをぐっと伸ばして《吾》に襲ひ掛かるのだ。

――何を見てゐる?

さう言った哀しみは、哀しさうに《吾》を喰らひ、
大口からどろりとした鮮血を流しながら、
更に《吾》の腸(はらわた)を貪り食ふのだ。

それでも死ねぬ《吾》は、
鮮血を口から流しながら《吾》を喰らふ哀しみの悲哀を
ぐっと奥歯を噛み締めながら受容する。

――なぜ消えぬのだ、お前は?
――ふん、消えてたまるか! 《吾》は《吾》為る事を未だ十分には味はってゐないのだぜ。そんな未練たらたらな《吾》が哀しみに喰はれたぐらゐで消えてたまるか!

薄ぼんやりと明け行く空に
茜色に染まった雲が
菩薩の形へと変容しながら
ゆったりと空を移ろふ。



紫煙に見(まみ)える

ゆっくりと煙草の紫煙を深呼吸するやうに吸うと
やっと人心地がつく此の悪癖に、
「煙草は体に毒」だからと言って
無理強ひに止めさせようとする輩に出合ふが
そんな輩のいふ事など聞くに値しない。
何故といふに、そいつらは「死」の恐怖を身を持って回避し、
「健康」が恰も善のやうな錯覚の中で自尊してゐる馬鹿者なのだ。

「死」の近くにゐなくて、どうして「生」が語れるといふのか。
肺癌で亡くなるのも結構ではないか。
膀胱癌でなくなるのも結構ではないか。

――ふっふっふっ。
と内部で嗤ひが堪へ切れずに、
「煙草」の紫煙を燻らせながら、
肺が真っ黒になるまで、「生」の闘争は続くのだ。

吐き出される紫煙が人型に変はり、
たまゆらに《吾》をきっと睨むぞくぞくする感じは、
何《もの》にも代えがたい至福の時であり、
これが「死」を連想させる現代の論理に縛り付けられし、
煙草の宿命は滅びに美を見た《もの》にのみ
死神の跫音がひたひたと迫りくる幻聴の中、
ブレイクのvisionを《吾》にも見せる入口を紫煙のくゆる中には確かに存在するのだ。

――それは単に脳の酸素不足が為せる業だぜ。
――絶食が幻視を見せるのと同じやうに紫煙による脳の酸素不足が無意識の《吾》の本性を眼前に指し示すのだ。



疲弊

やがて夜の帳が落ちる頃、漸く目覚めつつも、未だに疲弊してゐた此の心身には睡眠不足は否めず、何かを貪り食って再び眠りに落ちたのだが、夢魔が夢世界を攪乱し、この意識なる不可思議な存在を《吾》と名指す以前に、夢魔は「私」らしい意識、つまり、自意識なる《もの》を追ふのである、その時、自意識は夢現の境に宙ぶらりんにありながら、余りの疲弊に意識は意識にのめり込むやうに潰滅を始める、そんな苦痛に意識は置かれると最早意識が屹立するには手遅れで、意識は無意識に溶け込む、さうして無意識に鬱勃と生滅する「私」の《異形の吾》は今も幽かに残ってゐた《吾》為る意識の断片を喰らっては、一息つくのである。
作品名:闇へ堕ちろ 作家名:積 緋露雪