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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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闇へ堕ちろ

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仕方なく、再び瞼を開け、前方をかっと睨んだところで、
何が解る訳でもないのであるが、
俺は自分のゐる場所を何としても知りたくて、
ぎろりと辺りを眺め回したのである。

しかし、其処は余りにも殺風景で、
砂漠のやうでゐて、砂漠に非ず、
何やら月面のやうにも思へなくもないのであるが、
此処は地上とは別の何処かのやうな気がしないでもなかった。

と、不意にそいつが地平線の彼方で立ち上がり、
時空を食ひ始めた。
そいつが時空を喰らった後には
余りにありきたりな表象でしかない闇が現はれるのであるが、
そいつはその闇をもまた喰らひ、
その後に時空は時空の存在を全く失い、
餅が焼かれてゐる時にぷくりと膨らむやうに
その穴があいた筈の時空の穴へと時空は吸ひ寄せられて、
その穴に吸ひ込まれた時空は時空外でぷくりと膨れて、
新たな完結せし宇宙が生まれるやうなのであった。

そいつは、さて、神の眷属なのか、と、
余りの馬鹿らしさに俺は嗤はずにはをれなかったのであるが、
尤も、そいつは最後に俺を喰らふのは間違ひない。

手当たり次第に時空を喰らふそいつは
銀河が衝突するときに爆発的に星が誕生すると言はれるStarburstのやうに
次々と矢継ぎ早に一つの完結した宇宙を生み出しては、
俺を一睨みしては哄笑するのである。

俺は神域へとやって来てしまったのであらうか。
辺りが殺風景なのは、まだ、何ものも生まれる未然の状態だからに違ひない。

まだ生まれない時空とはかうも殺風景なのかと、独り合点しながら、
とんだところに来てしまったものだな、
と、これまた、余りにも間抜けな鈍い思考でぼんやり考へてゐたのであるが、
俺は、しかし、覚醒した筈だと思ひながら
鈍い思考を活性化させようと一発頰を殴ってみるのであった。
何の事はない、それが全く痛くなく、
つまりは俺は覚醒などしてをらず
未だに夢の中にゐるに違ひないのであった。

それにしても、時空を喰らふそいつは何ものなのであらうか。
と、そんな事を漠然と思ってゐた俺は、
更にそいつを喰らふものが出現した事で
驚愕したのである。

そいつを喰らったものは
何なのかと目を凝らして見てみるのであるが、
俺には時空にばっくりと開いた大口しか見えないのであった。

さて、そいつが喰らはれた後、
此の世界がどうなったかと言ふと、
俺がゐる世界はひっくり返されたかのやうに
そいつが存在してゐて補塡されてゐた時空に
全的に吸ひ込まれて、
世界が裏返ったのである。

そして俺は反=俺として、その世界に存在してゐたのであらうか。



疲弊の先にあるものは

かそけき気配が不意に飛び去る。
そんな時は視界が乳白色に変容してゆき
疲労困憊の中にゐる俺を発見する。

この疲弊の先にあるものは
多分に憂鬱なものでしかないのであるが、
生きる事を選択する以上、その憂鬱はやり過ごすしかない。

このぼんやりとした憂鬱はしかし、危険極まりなく、
気を抜けば俺を死へと誘ふのだ。

この綱渡りの有様に嫌気が指すと
最早俺は自死をするかもしれぬ。

つまり、俺は途轍もなく疲れたのだ。

その疲れた眼で見る世界は乳白色にぼやけてゐるとは言へ、
俺の事なんぞにかまけてゐる世界の未来へ向かって真っ直ぐに進んでゐる。
その世界に置いておかれた俺は、
独り愚痴を呟きながらも、
変容を已めない世界の様相に
俺の場所を確保する事に精一杯。

帆を張り大海原を失踪する帆船に焼き餅を焼きながら、
俺は沖太夫、つまり、信天翁(アホウドリ)に魂を載せて、
海上を疾走する幻想に多少の安らぎを覚えつつも、
それは俺が結局のところ幽体離脱する事に憧れてゐて、
俺は俺からの一時も早い離脱を望んでゐるのだ。

鳥に魂を託すのは死後でも十分で、
望めば鳥葬に亡骸を晒す事も可能。

しかし、今日は疲れた。
シオンの歌じゃないが、本当に疲れた。



暗中の祝祭

鬱勃と雲が沸き立つやうに
俺の五蘊場では祝祭が始まった。
五蘊場、其処は頭蓋内の暗中の事だが、
其処には脳があり、
しかし、現在、全てが脳に帰される事に対しての小さな小さな反抗として
敢へて頭蓋内の闇を俺は五蘊場と名付けた。

頭蓋内の闇は、時空間の場として
唯単に脳と言ふ構造をしてゐるに過ぎないとの見地に立ち、
頭蓋内の闇を五蘊場と名付け、其処に生滅する念こそが
死後をも生き続けるものとして
つまり、怨念もその一つとして
未来永劫に亙って存在し続けるのだ。

さて、五蘊場で始まった祝祭は、
果たして何を祝ってゐるのか。

俺は存在と言ふ言葉には何とも直ぐに反応し、
五蘊場がざわつくのだ。
多分、五蘊場の念の一つが存在と言ふ言葉を発した筈なのだ。
その言葉を端緒として五蘊場では核分裂反応が連続して続くやうに
不意に存在と言ふ言葉が五蘊場に出現した事で、
五蘊場に棲む異形の吾どもが
快哉の声を上げ、祝杯を挙げてゐるのか。

酒を呷るやうに毒薬を飲みながら
痺れる頭蓋内の脳髄。

頭痛が始まった。

何の事はない、
五蘊場に棲むと言ふ異形の吾どもの祝祭に
俺のみ除け者となってゐるこの状態に、
何処か寂しさを覚えつつも、
俺は俺で、ご満悦なのかもしれぬ。

つまり、俺は、五蘊場がらんちき騒ぎをする事を
ぢっと待ってゐたのたのに違ひないのだ。

さあ、俺も祝杯を挙げよう。
そして、五蘊場に乾杯。



薄明の幻影

うっすらと雲間から顔を出した満月の赤赤とした相貌にどきりとしつつ、
この宵闇へと真っ直ぐに突き進む薄明の時間にこそ、
俺の欣求した世界が寝転がってゐるかもしれぬ。

終日のたりのたりかなと蕪村は詠んだが、
この薄明の時間にこそにのたりのたりと移ろひゆく時間の尻尾が見えるのだ。

黒尽くめの衣装に身を包み虚構の中での幻影の華を具現化しやうと
のたうち回って現実を食ひ散らかし最期まで艶やかだった女の歌ひ手は
別離の歌を残して此の世を去ったが、
彼女はこの薄明の時間が最も好きだったのかもしれず、
それを聞かず仕舞ひで先に逝かれてしまったの事は無念である。
それでもこの赤赤とした満月にも似た彼女の艶やかさは、
俺の五蘊場では今も尚、存在する。

プルーストは『失われた時間を求めて』で、
時間の多相性を浮き彫りにし、
リルケは『マルテの手記』で、
哀切に満ちた時間ののっぺりとした相貌に出会(でくは)してゐる。

ところが、俺は時間の無限の相貌に面食らひ
今も尚、それに対して収拾が付かぬまま、
時間を今のところひっ捕まへる事はせずに
抛っておいてゐるのであったが、
しかし、時間の方がそれに焦れて、
俺にちょっかいを出しては
俺を弄び出したのだ。

何をして俺は時間を時間として捉へる事が可能なのか
その漠然とし、百面相に非ず、その無限相に戸惑ひつつも、
終日のたりのたりと時間を追ひ始めたのである。

尤も時間は無限相故に
何をひっ捕まへて
――見て見て、これが時間だよ。
と、言へるのかが定かでなく、
また、それを行った事があるのは、
お目出度い科学者達であるが、
しかし、それに全く満足出来ない俺は、
――相対論と量子論との橋渡しとしての超多時間論に与せず。
作品名:闇へ堕ちろ 作家名:積 緋露雪