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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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闇へ堕ちろ

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この際、世界を、さう、此の世界を呪はずして何を呪ふのか。

世界が流転するから俺は参ってゐるのか、
それとも俺が七転八倒するから俺が参ってゐるのか、
最早その区別すら出来ずに、
呻吟する俺の魂魄。

さて、さうしてゐる間も
俺は俺の陥穽として現はれた黒点の底知れぬ底へと
墜ち続けてゐたのであるが、
尤もその堕落が落下なのかどうかさへ解らずに
不快な浮遊感ばかりが感じられるのだ。

この宙ぶらりんな俺の状況を
最も知らなければならぬ俺は
その宙ぶらりんの俺の二進も三進もゆかぬ状態を
むしろ楽しんでゐるのだ。

哀しい哉、
俺の性は地団駄を踏む事を愉快と思ふ事なのかもしれぬ。
だが、一度でもいいから外部に向かって叫び声を上げる事をしなければ、
俺は俺の存在に対する猜疑を振り払ふ事など不可能。

黒子に吸ひ寄せられてしまった俺は
最早その磁場から逃れる力はなく、
陥るのみなのだ。

しかし、それが果たして堕ちてゐるのか、
天昇してゐるのか最早判定不可能なのも正直なところ。

果たせる哉、
俺の事を客観視出来る俺、
つまり、対自、更に言へば脱自の俺の有り様なんぞ
終ぞ解りはしないのだ。

「実存は本質に先立つ」と言った先人がゐたが、
そもそも俺の本質とは何なのか。
俺の本質とは此の底知れぬ黒子の穴ではないのか。
それとも、かうしてじたばたしてゐるだけの優柔不断な俺ではないのか。

さあ、嵐よ来い。
さうして黒子の穴に堕ちた馬鹿な俺を吹き飛ばしてくれないか。
さもなければ救はれる俺を誰が想像出来るのか。



陰翳

夕闇も深まる時、
森羅万象は一斉に陰翳に色めき立つ。
ざわざわとひそひそ話を始めるものたちは、
吾が存在により生じる陰翳に、
己の己に対するずれを確認しながら、
自分の居場所から離れてゆく。

何て心地よい時か。
俺が俺から離れる時に生じる俺の陰翳に
俺は快哉を送るのだ。

何故って、
俺が俺からずれると言ふ得も言はれぬ感覚は
全て陰翳として可視化され、
また、その陰翳には俺の異形が犇めき合ふのだ。
昼間は影を潜めてゐた異形のものたちは、
世界に陰翳が生じる此の夕闇深き時に、
その重たい頭を擡げ、
森羅万象に生じる陰翳に水を得た魚のやうに
自在に動き回り始める。

その時こそ、俺は俺から一時遁れる。
此の至福の時に、俺は安寧の声を上げで、
しみじみと俺を振り払ひ、
俺から遁れた俺を抛っておくのだ。

そして、俺が抜けた俺の抜け殻は、
最早俺である必然はなくなり、
俺もまた、陰翳に惑はされるやうに
抜け殻の俺は何ものかに変容する。

そして、存在の化かし合ひが始まるのだ。
いづれが狐か狸かは問はずとも、
此の化かし合ひについつい夢中になり、
あっと言ふ間に夜の帳が降りてくる。

宵闇の中に溶けゆく存在の陰翳は
更に自在に蠢き回り、
最早、いづれが俺なのかは判別不可能なのだ。

そんな夜の帳の中、
いづれも生き生きとしてゐて
闇に溶けた陰翳は、
石原吉郎の「海を流れる川」といふ言葉が指す存在の意地を抱きながら、
夜の闇の中を陰翳として存在するのだ。

その陰翳のある範囲が俺の居場所。
しかし、闇と陰翳の境界は消し飛び、
俺を意識することでのみ俺の存在は担保される。

「意識=存在」を説いた先人に埴谷雄高がゐたが、
夜の宵闇に消え入る森羅万象の陰翳は、
意識=存在を体現してゐるのでないのか。

闇の中ではいづれもが己が己である事を意識せずば、
存在が闇に溶けきってしまふのだ。
陰翳とは、かくも存在に結び付いてゐて、
陰翳と存在の親和性は抜群に高く、
さうして、また、陰翳ほど俺を裏切るものはない。

陰翳は一度現はれると
陰翳そのものも陰翳である事に承服しかねてゐて、
陰翳こそ、自在に陰翳から離れて飛び立ちたいのだ。
森羅万象はその陰翳の憤懣を知りつつも、
唯、陰翳に甘えてゐるのだ。
何故って、陰翳の憤懣こそ異形のものたちの活力なのだ。

辺りはすっかりと夜に沈み、闇ばかりが尊大になるこの時、
陰翳はやうやっと陰翳からの解放を得、
さうして自在になったのか。
それとも陰翳は此の闇の中、己の存在を尚更意識して、
陰翳の存在に固執するのか。

俺は此の闇の中、俺である事を已めず、
異形の吾たちが俺をいたぶる事に快楽を覚え、
一方、俺は、それに何故だか意地があって堪へ忍ぶのだ。

さうして夜通し俺は暴力的な異形の吾と対峙しながら、
只管、俺は瞑目するのだ。



揺らめく幻視の中で

何時からか何ものも揺れはじめ、
気付いてみるとそれは森羅万象に渡ってゐた。
何もかもが揺れる世界にゐなければならぬ苦痛は
しかし、何とも居心地がいいのも否定出来ぬのだ。
そして、この相反する感情の揺らめきに共振し、
更に世界は揺れるのだ。

しかし、此の世界とは一体何なのであらうか。
これはとびきりの愚問に違ひないのであるが、
それでも問はずにはをれぬ俺は
多分、既に正気を失ってゐるに違ひない。
その証左が揺れる世界なのだ。
そして、俺は此の世界と言ふものを猜疑の目でしか見られずに
そもそも世界の存在を疑ってゐるのだ。

しかし、一方で、俺が見てゐるものは幻視の世界ではないのかと
思ひ為してゐる俺もゐて、
俺はこの二重写しの世界に股裂き状態で屹立してゐるのかもしれぬ。

そんな無様な俺の有様は、他者から見れば、滑稽そのもので、
下劣な喜劇を踊ってゐるだけに違ひないのだ。

それは将に醜悪極まりなく、
何ものにとっても鼻つまみもので、
それでも居直る俺もまた存在する。

どうすれば俺は俺の存在を承服出来るのかと
訝るのであるが、
その術は全く不明のまま、
それでも漠然とした俺がこの揺れる幻視の世界に
二重写しとなる世界にゐるのだ。

何が本物で何が偽物なのか既に解らぬまま、
猜疑ばかりが肥大化するこの揺れる世界の中で、
その化け物のやうに猜疑が肥大化した俺は、
ぶくぶくと太りだし、
尚更醜悪極まりない俺を此の世界に出現させる。

しかし、仮令、此の世界が幻視のものであるにしても、
だからといって俺は最早世界から遁れられぬのだ。

幻視の世界と言ってもそれは俺には現実の世界であり、
夢現が区別出来なくなった俺は、
既に精神が病んでゐるに違ひない。

病んだ眼差しの向かうに見える世界は、
しかし、俺には相変はらぬ日常を提示し、
さうして俺は一日を何とか生き延びてゆくのだ。

それでも世界に縋るしかない俺は、
とんだ道化師に違ひにない。
世界が俺をからかってゐるのかどうかはいざ知らず、
唯、足を掬はれるのは世界ではなく一方的に俺の方なのだ。
突然、卒倒する俺は、世界にからかはれ、馬鹿にされながら
ある拭ひ難い視線を感じる。

その視線は何時も俺を串刺しにするやうな視線で、
それを俺は「世界の目」と看做してゐて、
その刺すやうな視線から遁れられぬ俺はその場で地団駄を踏みつつも、
尚も世界に縋り付く。

哀しい哉、道化師とはそんな存在なのだ。
幻視の世界で笑ひを振り撒きながらも
道化師は独り哀しい現実を背負ひ、
見るものに夢を与へるもの。

それが俺とは微塵にも言へぬが、
作品名:闇へ堕ちろ 作家名:積 緋露雪