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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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闇へ堕ちろ

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其処にも見えるものを手に触れながら、
これが実物のものとしてこの世界に存在してゐるのか
単なる思ひ過ごしなのか
全く無分別になった事で、
全的に世界を受け容れられたのか。

絶えずかそけくある世界に対して
俺は反抗してみるのであったが、
俺を取り巻く幻視において、
俺は最早逃げ場なしの状態で、
へっ、つまり、お手上げなのだ。

このかそけき世界の金輪際に追ひ詰められた俺は
何と哀しい存在なのかと、嘆いたところで、
何にも変はりはしないのだ。
そんな事は疾ふの昔に知ってはゐたが、
実際に世界が幻視の中に埋没してしまふとなると
それは戸惑ひしか齎さないのだ。

何が哀しいのか、俺は独り泣きをしながら、
かそけき世界に後生をお願ひする馬鹿をする事で
このかそけき世界に生き残る場所を譲り受けるべく、
懇請するのだ。

或るひはこのかそけき世界と懇ろな関係になったのかと思ひなしたところで、
俺はこのかそけき世界に連れなくされて、
愕然とするのが関の山なのだ。

最早、俺はこのかそけき世界にかそけく自閉するに限るのか。
いづれにせよ、俺は肚を決めねば、また、肚を据ゑねばならぬのは間違ひない。

そして、へっ、俺はこのかそけき世界で生きる術を見出せるのか、
その最後まで見てやらうとくっと顔を上げるしかなかったのだ。



天籟(てんらい)

何処で音が鳴ってゐるのか判然としない天籟が、
また、聞こえ出す。
吾独り畳に胡坐を舁き、
天籟が鳴る事で兆す猛嵐をぢっと待つのみ。

天籟は何時も嵐を呼び、
さうして吾の内部も大揺れするのだ。
それが楽しいとか不快とかいふ以前に
猛嵐は必ずやって来て、
大地を揺るがすのだ。

この天籟は、しかし、吾のみが聞えてゐるらしい。
何時も《他》はこの天籟に気付くことがなく、
気象そのものを見下し、
人間の統制下に気象があると端から看做してゐるその傲慢さに
全く気付くことなく、
天籟の不気味な響きのみが
全世界を巻き込んだ大交響曲の轟音として
終ぞ直ぐにでも鳴り響くことが予感される恐怖。

人間が塵芥の如くに死んでゆく猛嵐を前にして、
誰が己の死を予感してゐるのだらうか。
しかし、哀しい哉、猛嵐が来ると必ず人間が死ぬのだ。
天籟はそれ故に死を予感させるもの。
それが私の内部をざわつかせ、
ぢっと天籟に耳を澄ませる事になるのだ。

もうすぐに、私を含めて誰かが死ぬ予感、
それが天籟の鳴る音に聞き耳を立てずにはゐられぬ理由なのだ。

さて、この天籟が大轟音に変はる時、
またもや誰がが死んでゆく。

静寂に包まれしこの時間のありがたさ

何時になくざわつく心を持て余し何処へと吾は遁走するのか

顫動(せんどう)

かそけく羽ばたく蚊の羽音のやうに
時空は絶えず顫動し
それに伴ひ俺を俺足らしめる時空も顫動する

嗚呼、其処に飛び立つのは何ものなのか。

さうしてかそけきは音を立てて、俺の影から何かが飛び立ったのだ。
これをドッペルゲンガーと言ふのかどうかはいざ知らず、
ただ、俺の影が最早俺の手に負へぬものとして
此の世に存在してゐる事だけは確かなのだ。

仮令それがドッペルゲンガーだとして
それが俺の死の予兆に過ぎぬとしても
それはそれで祝杯を挙げるべき事象に違ひない。

さあ、祝祭の始まりだ。
俺は俺の死を祝ふべきものであり
さうでなければ、一体俺の存在は何なのか。
死は即ち祝祭の始まりなのだ。
これ以上、楽しいことはない。
生に纏はる苦悶は全て捨て去り、
何ものかが確かに俺の影から飛び立ったのだ。
それはかそけき顫動をし、
さうして今も尚、俺の頭蓋内で顫動してゐる。

先に逝ってしまったJAGATARAの江戸アケミが嗤ってゐるかな。
高田渡がまだ、生ギターを抱へて吟遊詩人さながらにフォークソングを歌ってゐるかな。
将又、浅川マキが黒づくめの衣装を纏ひ、
これまた吟遊詩人の如くクレイジーな歌を歌ってゐるかな。

死者に頭を垂れて、俺は俺の疑似死に対して憤懣をぶちまけるべきなのか。
そんな事はない。
俺の疑似死に対して、俺は祝杯を挙げ、毒を呷るのだ。
そして、それを一気に飲み干し、彼の世の幻視の中で狂ひ咲きすればいい。
それが、唯一俺に残された快楽の正体らしいのだ。

嗚呼、俺の影から何者かが飛び立ち後には顫動する時空のみが残ってゐる。



水面(みなも)

変転に変転を重ね、
また、無数の波が重ね合ふ水面に
この時空の面影を見るとすると、
一度たりとも同じ様相を呈さない水面は、
或る意味刹那的なのかもしれぬが、
その刹那に凝縮した時空の切片には
存在のあり得る余地が浮き彫りにされるのかもしれぬ。

水面は何時まで見てゐても全く飽きることなく、
吾が胸奥を打つのだ。
その儚い様相は絶えず流れゆく時間を象徴し、
また、その絶えず変化して已まない水面には
存在の一様相が象徴されてゐる。

ナルキッソスが水面に移る己の相貌に美を見たのは、
絶えず揺れる水面に移るその相貌が生きてゐるかのやうに
また、ナルキッソスが既に生霊の如くに化して
それが憑りついてしまった故のことなのでなからうか。

水面はそれ故に恐ろしいものなのかもしれぬ。
水面の揺れ動きが吾が魂魄の波長とぴたりと合ふ瞬間があり、
それが吾が存在において間が射すのだらうか。

多分、水面の上の無数の波の位相は、
必ず私の念、若しくは魂魄の拍脈する波動と同調し、
さうして共振を起こしては
吾を水面に釘付けにするのだ。

最早、水面の睨まれてしまふと
いかなる存在も最早微動だに出来ず、
ナルキッソスの如く水面から離れ得ぬのは必然なのかもしれぬ。

向かう岸からちょこちょこと泳いでくる真雁が、
此方の岸にゐる雌雁に求愛するのであらうか、
野生の性愛はこの水面故に許される行為なのかもしれぬ。

それにしても水面上の空気の乱れをも愚直に映す水面は、
既に鏡としては余りにも生きものじみてゐて、
面妖為らざるその有様に水面を覗き込む存在は
存在自体、つまり、物自体に既に憑りつかれてゐて
一歩も動けないのが実情ではないのか。

ゆらゆらと揺らめく吾が相貌に魅入りながら、
ナルキッソスの逸話に思ひを馳せては、
ナルキッソスは水仙になる事でしか救はれなかったに違ひないと
水面の吾が相貌は無言で吾に語ってゐたのである。



反復

反復にこそ時間の謎が隠されてゐる。
反復と言ひ条、そのどれもが全く同一の相はなく、
返って反復がその位相において
全く同じ位相が見つかると言ふ事は虚妄に過ぎぬ。
例へば時計の振り子運動は全く同じに見えるかもしれぬが、
その反復には午睡を誘ふ魔術が潜んでゐて、
振り子をぢっと見つめてゐると何だか心地よくなり、
渦巻く時間の陥穽に陥るのだ。

反復運動が円運動に変換可能なことは
オイラーやフーリエを持ち出すまでもなく、
自明の事と言へ、
その円運動に吾が五蘊場には或る周期を持った円運動が巻き起こり、
知らぬ間に俺はその円運動に呑み込まれる。

その五蘊場の円運動は各各近しい位相を見せるのであるが、
それは一度として同じ円運動が五蘊場に表象される事はなく、
例えば、その円運動が五蘊場で大渦を巻いてゐるならば、
作品名:闇へ堕ちろ 作家名:積 緋露雪