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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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闇へ堕ちろ

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しかし、生とはそもそも不合理で現存在がどうにか出来るものではなく、
死者のタナトストンに無理矢理引き寄せられてしまった現存在は
その生の不合理を呪ったところで最早手遅れで、
そのタナトストンを全うする事のみに生を捧げ、
それに満足せねばならぬのだ。

死の爆風はタナトストンを全宇宙に向けて放出し、
そのタナトストンを受容してしまった現存在は
もう覚悟を決めねばならぬ。

それが唯一生者に残された生の道であり、
また、死者に対しての最低限の礼儀であり、
さうして漸く現存在は現存在足り得るのだ。

俳句一句短歌一首

珈琲を淹れて独り中秋の名月

何ものに為り得るのかも知らずしてさうだからこそ輝く生あり



五蘊場に棲む者どもよ

頭蓋内の闇を「五蘊場」と名付けた俺は、
其処に棲む「異形の吾」どもに対して破れかぶれの戦ひを挑んで暫くするが、
それは敗退に敗退を重ね、
俺はもう五蘊場から追ひ出される寸前だ。

そもそも五蘊場に棲むものどもは何ものなのか。
きっとこの俺に関係したものと予想するのであるが、
その異形の様が何処をどう見てもこの俺とは全く似てゐないものどもで、
それは物の怪の類としか俺には認識出来ぬのだ。

つまり、それは、俺が物の怪の眷属か末裔と言ふ事を意味するのであるが、
しかし、この俺が物の怪だった事はこれまで一度もありはしない。

ただ、俺は人間である事を已められず、
その事を屈辱をもって受容してゐるのだけだ。

そんな俺の五蘊場に棲む仮象のものどもは既に俺の願望を負はされた
哀しい存在なのかもしれぬが、
それでも五蘊場に棲むものどもに対して俺は、
かう呟かざるを得ぬのだ。

――お前は誰だ。

さうするとすぐにこんな答へが五蘊場で木霊するのだ。

――お前だよ。

こんな嗤ひ話はありはしない。
にもかかはらず、この言明は俺にとっては致命傷で、
俺の胸奥をその言葉は剔抉するのだ。
さうしてそこからどくどくと流れ出す俺の血潮に俺は俺の未来を見てゐるのだ。

悲しい哉、果たする哉、五蘊場に棲むものどもは
全て歪曲された俺の異形に過ぎぬとも言へるが、
それを「異形」の一言で片付けることが可能なのか、
俺はそれに肯ふ事が出来ずに唯唯反抗するのだ。

つまり、徹底抗戦あるのみ。

ふん、しかし、其処から敗退に敗退を繰り返す俺は、
もう自嘲するしかないのだ。

――この馬鹿者が!

さうして今も俺の五蘊場で異形のものどもが大手を振って闊歩するのだ。

俳句一句短歌一首

大月夜拉麺食らふ馬鹿らしさ

自嘲する吾の深みは底知れずその深淵に落下する吾とは



頭痛に溺れる

脳の髄が拍動しているやうに
じんじんと痛みを発する奇妙な頭痛に、
俺は溺れる。

何がさうさせると言ふのか。

俺に残された振舞ひは
この脳の髄を痺れさせるやうな頭痛に対して
謙虚に対峙する事が俺が今日生きたと言へるに相応しい姿勢なのだ。

絶えざる謙虚さこそ、
この傲慢にも此の世に生を繋いでゐる俺のせめてもの償ひ。

この不愉快な頭痛を心の何処かでは心地よく感じてゐる俺は、
既にドストエフスキイの『地下室の手記』の語り部そのものに
歯痛を快感に変えると言ふその思念の持ち方をいまさらながらに意識して、
俺はこの頭痛を楽しみ、そして溺れるのだ。

頭痛に溺れる事で、
俺はやっと息が付けて、
そして、安寧を得るに違ひないのだ。

さて、この頭痛の先に俺の死が仮令待ってゐても
俺はそれを受容する覚悟は出来てゐる。

ならば、この頭痛を心行くまで味はひ尽くすがいい。
さうして何か未知なる視界が開けるならば儲けものだ。

仮令それが死であっても俺は何ら後悔はしない。
むしろ、それが俺の望みなのかもしれぬのだ。
何も意気がっても仕方がないのだが
生を繋ぐものとしては絶えず意気がざるを得ず、
意気がって生きる事が、死者に対するせめてもの礼節であり、
生きるものは絶えず死者に対して謙虚でなければならぬだ。
それでも何か発したい言語があれば、
それは死者を穿つものでなければならぬ。

かうして俺は今日も脳の髄がじんじん痛む
頭痛に溺れる。

俳句一句短歌一首

生くるに値する生に懐疑する秋の夜長

何ものも自らに不快な吾あれば独り思ひ詰める吾あるに



仄かなるもの

それは一体何なのだらうか。
仄かにその気配だけが感じられる存在と言ったらいいのか、
何やら傍らにゐるに違ひないのだが、
それを「これだ」と名指せぬのだ。
名指せぬ故にそれを存在するものとして認識出来ず、
俺はくっと奥歯を噛みながら、
この何とも言ひ難い事態を我慢するしかないのだ。

それは俺の世界観を全く覆すほどの出来事に違ひないのであったが、
何とももどかしく、終ぞ名指せぬのである。
つまり、言葉では言ひ表せぬものが俺の傍らには存在するのであったが、
それが「ある」とも断言出来ず、
その仄かな気配を漂はせる何ものかは
しかし、ある、若しくはゐるのである。

そんなわけで俺は瞑目するのである。
さうして瞼裡に現はれる表象群は
傍らにゐるものの気配をじんじんと感じながらも
俺を翻弄するに十分なのだ。

何が俺を此処に佇立させ、
さうして瞑目させるのか。
つまりは俺の傍らにゐるに違ひないそのものの気配に
俺はさう感じるだけで既に翻弄されてゐて、
俺の存在はそれにより脅かされてゐるのかもしれないのだ。

「そんな奴」と名指してみても
それは全く的外れで、
例へば、それを霊と看做したところで、
単なる気休めでしかなく、
幽霊ならば、まだましなのだ。

それ程に俺を苦悶させるそれは
俺を心底震へ上がらせ
俺はそれを名指す事で
この仄かに気配を漂はせてゐるそれを
言葉の槍で串刺しにせずば、
俺の存在そのものが足を掬はれかねぬのだ。

仄かにその気配を漂はせてゐるそのものにとっても
俺の存在はきっと恐怖の存在なのかもしれず、
双方にとってその気配は恐怖の対象でしかないに違ひない。

嗚呼、瞼裡で移ろひ行く表象群は
俺を嘲笑ってゐるのか、
俺の思考するものとは全く関係ないものを映し出し、
それに俺の注意を惹き付けずにはをれぬのだ。

とはいへ、俺の傍らにその仄かな気配を醸し出すそのものは
何時まで経っても俺から離れやうとはせずに、
絶えず俺を脅かせて嗤ってゐるに違ひないのだ。

「よろしい」

さう呟いて、俺はぺっと唾を吐いて自嘲してみたが、
その仄かにその気配を漂はせるそのものも
ぺっと唾を吐き捨てたやうに感じ、
俺はまたしてもどうにもならぬ不快の中に
俺は俺の意識を沈めるのだ。
さうして溺死する俺を想像しては
一時の安寧を得るのだ。

さう、死こそがその仄かに気配を感じさせるそのものの弱点なのは、
初めから俺は知ってゐたのであったが、
それには何としても目を瞑り、
そのものが傍らにゐる気配がある限り、
死は御法度なのも俺は知ってゐたのだ。



かそけき世界

この世界は
何とかそけきものなのだらう。

――あっ、

と、何かを見つけても
それが本当のものなのか
或ひは蜃気楼なのか
最早俺には区別が付かぬのだ。
さうして既にかそけき幻視の中に
埋没した俺は
作品名:闇へ堕ちろ 作家名:積 緋露雪