夢幻空花(むげんくうげ)
さて、それはともかくとして、闇尾超がいふ夢の存在が特異点の存在を暗示するといふ命題の解決点は何処にあらうか。私が夢場では分裂してゐるといふことが、即ち夢場が特異点を暗示させるといふ結論を導くと仮定したところで、私には尚以て腑に落ちないのである。さうではあるにせよ、まづ、闇尾超がいふやうに夢を見るといふことが特異点の存在を暗示させるといふことが正しいと仮定しやう。さうすると私が夢に対して抱いてゐる分裂してゐる私といふ感覚は、正(まさ)しく特異点での去来現が滅茶苦茶な、それでゐて光速を超えて爆発的膨脹をする特異点ならではの特徴と仮定するならば、主体は特異点では分身の術を使ふが如く幾人にも分裂してはそれが一人物へと収束することを繰り返しながら、存在してゐる異形の吾ども、若しくは化け物の吾どもが常態であるといへなくもないことになる。つまり、特異点では、存在が化け物になるといふことであり、夢魔の生贄として分裂した私が差し出されるのは化け物の私であるといふことになる。夢場では存在は実のところ、現実相を喪失してゐて、つまり、質料と形相を最早失ってゐて、それはアインシュタインの特殊相対性理論のE=MC2により質料と形相を喪失した存在はEnergy体へと変化してゐるといふことで、それは詰まる所、私は、光り輝く化け物として、喩へていふなれば、巨大な巨大な巨大な人魂のやうなものとして私は夢場、即ち特異点に存在してゐるのかもしれぬのだ。そして、夢とはその巨大な巨大な巨大な人魂が映す影絵の如きものに違ひない。それを分裂した私は分厚いアクリル板の巨大水槽の夢場外でちんけな装置と冷笑してゐるのだ。同語反復になるが、夢場には巨大な巨大な巨大な人魂と化してゐるであらう私の光が映す夢幻の影絵が見えてゐるだけなのかもしれぬ。
さうすると、闇尾超の謂ふ夢を見られるといふことは特異点の存在を暗示してゐるといふことに繋がり、一応辻褄が合ふことになる。無理強ひもいいところであるが、確かに夢は特異点の存在を暗示させる造りになってゐるのかもしれぬ。
透明な存在
――先日、幼子が斬首され、小学校の校門の前にその斬首された首が置かれるといふ痛ましい事件が起きたが、その犯人の中学生の少年は己のことを「透明な存在」と名指ししてゐた。馬鹿いっちゃ困る。透明な存在? その少年は己を透明な存在と名指せたことで悦に入り、得もいへぬ快楽の境地に惑溺してゐた筈である。その透明な存在を敢へて闇色に染めることで、幼子を斬首する凶行に及んだのである。闇色に染まらずしてどうして幼子の首を切断することができただらうか。透明な存在のその少年は闇色に染まることで、己の闇に巣くふ尋常ならざる己の欲望を知ってしまったのだらう。心の闇といふ言葉が巷間で喧しいが、心はそもそも闇であり、それすら解らぬ精神分析学者は哀れな存在でしかない。その少年は透明といひつつも、闇色に身を委ねたことで、人倫の禁忌を踏み越えて、さうして拓けたところに燦然と輝くその少年特有のLibido(リビドー)を見出したのだ。強烈な死体好事家としての己を見出したのだ。殺人に対して自刃の、つまり、死の衝動の疑似体験を重ねたかも知れぬが、疑似体験のその先に名状し難い性的衝動が、Libidoが開示されたのである。その少年は、幼子を殺害したときに何度も射精した筈である。それでは飽き足らず、更なるOrgasm(オルガスム)を味はひたくて血の臭ひに誘われるやうに幼子の首を斬首し始めたに違ひない。その少年は、幼子の首を刎ねながらこれまた何度も何度も射精し、快楽を貪ってゐたのだ。その時の恍惚状態はその少年がこれまで体験したことがない快楽であり、その興奮に吾を忘れて酔ひ痴れた筈である。射精したいがためにその少年は幼子の首を刎ねたのだ。死体を損壊することに快楽を見出したその少年は、夢心地の中で、己を満喫したであらう。死体の首を刎ねることで充溢した己を味はひ、何度も何度も射精するといふ悦楽に溺れながら、その少年は嗤って幼子の首を刎ねたことであらう。それの何処が透明な存在といふのか。
これに対しては闇尾超に一理ある。あの少年は多分に闇尾超がいふやうに殺人を犯すことでそれまで知らなかったLibidoを見出したに違ひない。所詮はあの少年はMasturbation(マスターベーション)がしたくて殺人を犯し、幼子の首を刎ねたのだ。つまり、Masturbationの権化と化して快楽殺人を犯したに過ぎないと思はれる。それまであの少年は野良猫などを殺して歩いてゐたやうだが、生あるものの命を詰むことであの少年は己の中で蠢くものの存在に気付き、生き物を殺す度にその蠢くものが血に飢ゑた吸血鬼の如くに殺戮を欲し、さうすることで、あの少年は自慰を重ねてゐたのであらう。そして、絶頂を知ってしまったあの少年は、一にも二にもMasturbationのことしか考へられず、到頭殺人を犯してしまった。幼子を殺したときの快楽といったらあの少年は言葉にできなかった筈である。その衝撃といったならば、もう抑へやうがなかったに違ひない。抑へられなかったが故に斬首に及んだのだ。Knife(ナイフ)で殺した幼子の首を一刺しする度にあの少年は絶倫者のやうに射精をしてゐたことだらう。首をKnifeで切り刻む度にあの少年は全身に電気が走る如くに絶頂を味はひ、その快感にあの少年は全身を投身してしまったのである。あの少年は徹頭徹尾己の快感を貪りたいがためといふ超利己的な欲望にのめり込んでゐた筈である。つまり、欲望で自己完結してしまった哀れな存在であることを知らぬが仏とばかりに底無し沼の底へと辿り着いたことで、あの少年は、
――Eureka!
と、心の叫びを上げたに違ひないのだ。天にも昇る心地といふものを殺戮をすることで知ってしまったあの少年は、全身之欲望と化してギラギラ光る上目遣ひの眼差しを世間に向けながら、異様な妖気を放ってゐるのも知らずに街中をほっつき歩き、頭は殺戮に伴ふ射精といふ絶頂のことで一杯であった筈である。その存在を異様といふ言葉で片付けるのは忍びないが、異形の吾があの少年より先んじてしまったのであらう。そんな奇妙な存在だとは努知らず、あの少年の本質は丸ごとMasturbationになってしまひ、実存は本質に先立つに非ず、欲望が本質に先立つ存在として、動物をどう意味づけるかは難しい問題であるが、その問題は一まづ置いておいて、動物に失礼を承知でいへば、異様な動物となったのである。最早人間であることを断念したのだ。異形の吾があの少年を呑み込んで、獣として生存してゐたのである。
作品名:夢幻空花(むげんくうげ) 作家名:積 緋露雪