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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Zealots

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 鉄板の少し右寄りに九発分の散弾跡が残っていることに気づいた町田は、その鉄板が頭に打ちおろされる寸前で後ろに引いた。鉄板が廊下にめり込み、姫浦が構えるグロックの銃口が再び上を向くよりも早く、町田はベルトに挟んだM19キャリーコンプを抜いて、二階に駆け上がった。一度体勢を立て直さないと、蜂の巣にされて終わりだ。
 姫浦は、何も変わっていなかった。あんな小さな鉄板を防弾ベスト代わりにして、自分から入ってくるのだから。真正面から戦うと鉄板が飛んでくるのは間違いないが、二階に上がってしまえば、足音さえ立てなければこちらのペースに持ち込める。パジェロを家の前にあの角度で停めてあるのは、いざというときに二階から飛び下りるためだ。まっすぐ地面に下りれば両足の骨は確実に折れるが、パジェロの天井ならなんてことはない。つまり、選択肢はまだ残されている。ポケットの中に鍵が入っていることを確認すると、町田は階段に銃口を向けた。埃を被ったビリヤード台と大きなソファベッドが並んでいるだけの、大きな部屋。こうなることが分かっていれば、壁をもう少し作っておけばよかった。
 足音が聞こえないことを確認してから、町田は静かに階段から離れ、バルコニー越しにプリウスの様子を確認した。影の方向が逆だから分かりづらいが、助手席の窓の後ろ側にリボンの切れ端が見えている。凛奈は、姫浦の言うことを忠実に守っているようだ。だとすれば、しばらくは動かないだろう。姫浦にしても、自分を二階に残したままプリウスまで走るような真似はしないだろう。だとしたら、どんな手を使ってでも、二階に上がってくる。そう確信して、町田は階段に目を向けると、M19の銃口を持ち上げた。そのとき、ブリキのおもちゃがへこむような気の抜けた音が外で鳴り、町田は振り返った。バルコニーを乗り越えた姫浦が構えたグロックの銃口はまっすぐ自分の頭を向いており、町田は咄嗟にM19の銃口を振り、バルコニーに向けて二発を撃った。ガラスに二発分の穴が空くのと同時にビリヤード台の裏へ飛び込んだとき、姫浦は体当たりでガラスを粉々に割ると、全身に破片を乗せたままビリヤード台に向けて残りの弾を撃ち込んだ。一発が町田の左耳に当たり、もう一発がM19のシリンダーを粉々に砕いた。姫浦が空になった弾倉を床に落としたとき、町田はビリヤード台を力任せに持ち上げると、姫浦の体に向けて倒すように叩きつけた。その体が下敷きになるのと同時に、血まみれの耳を押さえながら町田は走った。そして、粉々になった窓を抜けてバルコニーに出ると、パジェロの天井に飛び下りた。上から着地することを想定して停めていたが、姫浦は逆にこれを伝って上がってきた。あの鉄の意思がどこから生まれるのか、まったく理解できない。
 二階でビリヤード台が床に叩きつけられる音が鳴り、町田は慌てて鍵を取り出すと、パジェロの運転席に座った。時間がない。エンジンをかけてギアを入れ、パジェロを素早く発進させたとき、姫浦がバルコニーから飛び下りる寸前のところまで来ていたのが、バックミラ―で見えた。
 姫浦は高さを目で測ると、部屋の中へ駆け足で戻ってビリヤード台の傍に置かれたソファを持ち上げ、バルコニーから地面に投げ落とすのと同時に、そのソファを目掛けて飛び下りた。着地したときに左足首に衝撃が走ったが、姫浦は最後の十九連弾倉をグロックに差し込むと、開き切ったスライドを閉じた。
 町田はプリウスに衝突する直前でパジェロを停めると、バックギアに入れた。
「馬鹿だな」
 思わず呟くのと同時に、アクセルを踏み込んだ。無理に飛び下りたことで、左足首を痛めている。車を避けることはできない。
 凛奈は、どうにか助けられないかと思ってプリウスの陰から飛び出しかけたが、すぐ近くから草を割る音が聞こえてきて、思わず足を止めた。
 姫浦はグロックを構えて、等間隔で撃ち始めた。片方のリアタイヤが破裂して進路を少し変えたとき、まっすぐ跳ね飛ばされることはなくなったとしても、無傷では済まないことを覚悟した。
 町田は、進路を修正するためにハンドルに意識を集中したとき、体が宙に浮くのを感じた。景色が真横に反転し、フロントガラスが押し潰されたようにヒビだらけになった後、大雑把な原状復帰を完了したように、元の景色が返ってきた。たった今、車が横転した。町田は自分の置かれた状況を認識すると、呆然としたまま左を向いた。頭から流れる血が左目に入って思わず閉じたとき、無事な方の右目がそのシルエットを捉えた。シルバーのアウディA8。家の車だ。
 小崎はエアバッグを押しのけて運転席から降りると、姫浦をやり過ごしてパジェロの運転席まで回り、言った。
「降りろ」
 姫浦はグロックを構えたままパジェロの運転席側に回り、小崎に言った。
「撃たないでくださいね」
 小崎はうなずくと、町田が運転席から出てきて地面に倒れ込むのを見ながら、呟いた。
「娘の前では、さすがに殺せない」
 凛奈は、全力でパジェロの傍に駆け寄った。ボンネットが山折りになったアウディA8を見て、小崎に言った。
「ザッキー、どうして分かったの?」
「家の電気は、絶対に消さないだろ。タブレットも置いたままだったし」
 小崎は笑いながら、片方だけ紐を通したリュックサックを手に持って、凛奈に渡した。
「GPSも、今回は正しい場所を指してた」
 姫浦はその言葉を聞いて、凛奈が家の電気を消したときのことを思い出していた。『システム、リセット』という、呪文のような言葉。あれは電気を消すだけでなく、GPSが正しい位置を指すようにするためのコマンドだったのかもしれない。つまり、今まで自分の居場所は小崎に筒抜けだったのだ。
「一本、取られましたね……」
 姫浦が呟いたとき、町田はパジェロのドアに背中を預けると、血まみれの頭を振った。
「小崎、おれが仕組んだんじゃないぞ。こいつは勝手に姫浦を連れてやってきて、めちゃくちゃにしやがったんだ」
「知ってますよ。あなたの振りをして、凛奈が依頼したんでしょう」
 小崎は、凛奈がリュックサックから取り出したタブレットに目を向けた。町田は血を地面に吐き出すと、凛奈に言った。
「どうして、ここに来る気になった?」
「お母さんとの、思い出の場所だから」
 凛奈はタブレットから目を離すと、地面に目を向けたまま言った。
「それだけか?」
 町田が念押しするように言うと、凛奈は目に涙を浮かべながら、町田の顔をじっと見つめた。
「それだけだよ。もう一回、景色を見たかっただけ」
 まだ納得していないように、町田は少しだけ首を傾げた。凛奈は自分が丸腰であることを示すように、上着を開いた。
「何もないってば。どうして、お母さんを殺したの? 何がそんなに怖いの?」
 町田は姫浦と小崎の顔を見てから、呟くように言った。
「おれと母さんは……、両方がこの業界の人間だ。怖がりなんだよ、こういう仕事をしている奴は。母さんが殺しの証拠を掴んで切り札にしていないかとか、そういうことを考えてしまうんだ」
 小崎は顔をしかめながら、周囲を見回した。
「だから、ここにいたのか」
 町田は血が入った方の目を閉じると、片目で小崎を見上げた。
作品名:Zealots 作家名:オオサカタロウ