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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Zealots

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 凛奈は短く答えると、助手席から降りた。車の外で親子が揃う姿を確認した姫浦は、ハンドルに手を置いたまま二人の背中を見つめた。稲場からは『深入りするな』と念押しされたが、自宅で凛奈と対面してからずっと気にかかっていることがあった。運転席から静かに降りると、姫浦は町田に呼びかけた。
「コーヒーがあるなら、いただきたいです」
 町田は振り返ってぽかんと口を開けたが、姫浦が右手にグロックを持っていることに気づいて、呆れたように笑った。
「ちょっと丸くなったな、来いよ。いや、その前に右手の銃をどうにかしろ」
 姫浦はグロックをサファリランドのヒップホルスターに差し込み、町田親子に続いて家の中へと入った。町田は靴を履いたまま廊下に足を踏み入れて、言った。
「洋式だ。見た目は廃墟だけど、住めるようにしてある」
 ダイニングには椅子が四脚あり、机は綺麗に拭き上げられていた。綺麗に磨かれたナイフが収まるスタンドや、くすみのないシンク。姫浦はその様子を頭に留めながら、町田に言った。
「結構、綺麗好きなんですね」
「世話をしてくれる人間がいないからな、自然と几帳面になるんだ」
 町田は胸を張って言うと、コーヒーメーカーの蓋を開けて顔をしかめた。
「ちょっと、豆を取ってくるわ」
 町田が隣の部屋に消え、姫浦はテーブルをじっと見つめながら抑えた声で言った。
「あなたとお母さんの、思い出の場所なんですね。お父さんは、一緒じゃなかったんですか?」
 凛奈はうなずいた。姫浦は、その目線がナイフスタンドに釘付けになっていることに気づき、スタンドの隣に並ぶアメリカ製のトースターを手に取って、言った。
「こうやってクロームメッキの製品を揃えるのは、おそらく背後の情報を察知するためです。何かが動けば、すぐに映り込みますので」
「そうなんだ……」
 凛奈の返事を聞いた姫浦は、トースターのコンセントを抜いた。隣の部屋から足音が戻ってきたことに気づき、凛奈の目をじっと見つめた。
「凛奈さん。命に関わることなので、正直に答えてください」
 トースターのコードを本体にぐるぐると巻きつけながら、姫浦は続けた。
「私を雇ったのは、本当はあなたなんじゃないですか?」
 凛奈がうなずき、ダイニングに戻った町田がM870を構えるのと同時に、姫浦はトースターをその顔面に投げつけた。散弾銃が暴発して棚を粉々に砕き、凛奈が悲鳴を上げて尻餅をついた。姫浦は凛奈の体を左腕で抱え上げてホルスターからグロックを抜くと、町田がいた方向に向かって撃ちながら移動し、入口に辿り着いたところで凛奈を解放した。
「パジェロの後ろに隠れて。早く!」
 二人で大きな車体の後ろに回り、弾倉を入れ替えながら姫浦は思い出していた。その違和感は、家で凛奈と対面したときからずっと頭に残り続けていて、稲場の『深入りするな』という言葉と打ち消し合っていた。今までに同じような状況で人を捕まえたとき、相手が最初に放つ言葉は決まって『誰?』だった。しかし、凛奈はまず『どうやって入ったのか』ということを尋ねた。つまり、その方法を知らなかっただけで、誰かが来ること自体は知っていたのだ。父親のふりをして自分を脱出させた理由は分からないが、この仕事の依頼人が凛奈だとしたら、護衛たちを雇うよう堂山に指示を出したのは、父親である町田本人の可能性が高い。
 町田は、じんじんと痺れる頭を押さえながらM870の先台を操作し、二発目を装填した。姫浦は、黒電話を投げたときと何も変わっていない。飛んでくる先が、自分になっただけだ。それよりも、凛奈が自分から現れたことのほうが想定外だった。唯一想定できていたのは、あの家から出た凛奈は、迷うことなくここへ来るだろうということだけだった。
 少なくとも、網を張っていた甲斐はあった。町田はM870の弾倉にバックショットを一発装填すると、パドルホルスターごとベルトに差し込んだM19キャリーコンプに一度触れた。そして、今までに何千回とやってきたように息を整えながら、窓からパジェロが停まる方向に目を凝らせた。
 五十七人。仕事で殺してきた相手は誰ひとりとして、その死体は上がっていない。殺したという記憶は自分だけが持ち、その証明を手にしているのは依頼人だけだ。例外はたったひとつで、それは仕事と関係のない殺しだった。
 流儀を持つと、ロクなことがない。
 かつての仲間から完全に逃れるためには、死亡証明が必要だった。そうやって戸川好美は足を洗うことに失敗し、その人生を終わらせたのは夫である自分だった。好美は、自分の残り時間が短いということを知っていたのだろう。最後に、凛奈と二人でここに来ていた。もちろん、好美の性格からして、黙って殺されることを待つなんてことはあり得ない。つまり、自分を刑務所送りにできる何かが、ここにある可能性が高い。
 凛奈を家から出られないようにしたのは、それが何か、全く分からなかったからだ。
 町田は咳ばらいをすると、声を張った。
「姫浦、おれが捕まったらお前らにも迷惑がかかる。それは、分かるよな?」
 返事はなかったが、パジェロの背後以外に隠れる場所はない。町田はM870をまっすぐ構えたまま、動きを待った。
 姫浦は、パジェロの陰に隠れたままプリウスの鍵をポケットから取り出し、隣で屈みこむ凛奈に手渡した。
「今から家に向けて撃ちますので、その間に私の車まで走ってください」
「姫浦さんは、どうするんですか?」
 そう言いながら、凛奈が震える手で鍵を握りしめたとき、姫浦はバーベキューコンロの傍に移動し、グリル用の厚い鉄板を引き寄せると、グロックを低く構えたまま言った。
「あと、四十八発あります。できる限り、足止めします」
 凛奈は姫浦の目を見て、うなずいた。
「ありがとう」
 凛奈がスタートダッシュするように足を踏ん張ったとき、姫浦はまっすぐグロックを構えたまま体を起こした。
 町田は、パジェロの後ろから姫浦が立ち上がり、グロックの銃口が窓に向いているのを見て、その目的を理解した。撃ち続けてこちらを足止めし、その間に凛奈を走らせる。常套手段だ。一発目が窓を粉々に割り、町田は身を低くして廊下に移動した。二発目、三発目と同じ場所への着弾が続き、反対側の窓に移動するか考えたとき、廊下の手前に四発目が突き刺さった。少しずつ、狙う場所を変えてきている。町田はM870をいつでも撃てるように低く構えると、廊下を挟んだ反対側の窓に目を向けた。こちら側には、ほとんど遮蔽物がない。姫浦が棒立ちでこっち側の窓から撃ってくるというのは、考えづらい。町田はトースターがぶつかった跡から流れ落ちる血を、シャツの袖で拭い取った。瞬きをして目を開けたとき、目の前で玄関のドアが蹴り開けられた。
 常識は通用しない。相手が姫浦だということを、忘れていた。町田はM870の銃口を上げ、逆光になったシルエットに向かって引き金を引いた。銃口から飛び出した散弾がまっすぐ人影に吸い込まれ、車同士が正面衝突したような鈍い音が鳴り響いた。
 町田はM870の先台を慌てて操作したが、姫浦が振ったグリル用の鉄板がその銃身を引っかけ、M870は手から離れて部屋の隅へ飛んでいった。
作品名:Zealots 作家名:オオサカタロウ