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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Zealots

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「おれの取り越し苦労だったな。つまり、何もなかったわけだ」
 姫浦はふと思い出したように目を大きく開くと、凛奈に言った。
「私を残して、家に入ろうとしていましたよね。どうするつもりだったんですか?」
「キッチンにあったナイフで、刺してやろうと思ってた」
 小崎が顔をしかめ、姫浦は苦笑いを浮かべた。町田はよろけながら立ち上がると、軒先に座った。
「大した娘だよ。何もないんなら、もうそれでいいや。お前が大人になるまでは、金の苦労はさせない」
 凛奈は俯くと、細い呼吸の合間を縫うように、小さな声で言った。
「お父さん、主義とかそういうのはないの……?」
「ない。だから中々死なないんだよ。姫浦、お前だっておれを殺さないようにしてただろ」
 水を向けられた姫浦は、肩をすくめた。
「さすがに、娘の前で父親を殺すのは……」
 町田は呆れたように笑った。
「流儀に反する、か? いつかそれがお前を殺すぞ」
 姫浦が言葉で答えることなく口角を上げて応じると、小崎が凛奈の背中を押した。
「行こう。ここにずっといるとまずい」
「ほんとに、何もないんだ……」
 凛奈は辺りを見回すと、姫浦が町田の片手をタイラップで配管に括りつけたところで、服の裾を軽く引いた。
「姫浦さん、行こう」
「先に乗っていてください」
 姫浦はそう言うと、体を低くして凛奈の耳元に顔を近づけ、囁いた。
「ずっと気になっていたんですが、あなたの髪留めは大人用ですね」
 凛奈はリボンに触れると、うなずいた。
「いつか、ちょうど良くなるって」
 小崎が手招きし、凛奈は磁石が弾かれるようにプリウスの方へ駆け出した。ふと振り返り、姫浦が同じ場所に立って町田を見張り続けていることに気づいて、言った。
「ずっと見てる」
「プロは、ああいうもんだよ。誰も信用しない」
 小崎はベルトに挟んだアンダーカバーに意識を向けながら、姫浦が戻って来るのを待った。凛奈は息を震わせると、顔を覆った。
「なんでか分からない。でも、誰もお父さんを殺さないでいてくれて、本当に良かった……。助けてくれて、ありがとう」
 小崎は困ったような表情を浮かべると、言った。
「そういや、依頼の中に送迎中は襲わないことって条件があった。おれに気を遣ってくれて、ありがとな。もう、大人の仲間入りだ」
 凛奈はその言葉を聞いたとき、急に後頭部へ意識が向いたように、手を伸ばした。母の『いつか、ちょうどよくなるから』という言葉。そして、あの後に続いた『それまでは、分解して壊さないでよ』という念押し。母はお見通しだったのかもしれない。ちょうどよくなったら最後、自分の娘が髪留めのリボンをほどき、『壊さないように分解』して、中身を全部チェックするだろうということが。凛奈はリボンをほどいた。結び目をひとつずつ丁寧に解いていくと、クリップの裏には住所と、矢印に挟まれて番号が書いてあった。
「これ、何の番号?」
 誰にともなく呟くと、目を細めて見ていた小崎が言った。 
「多分、金庫のダイヤルだ」
「あった……。ずっと、あったんだ。頭の後ろに」
 娘に引き継ぎたかった、全てのこと。それをずっと、身に着けていたなんて。凛奈は展開されたリボンを手に持ったまま、顔を上げた。小崎はスマートフォンに住所を打ち込むと、画面を見せながら言った。
「麓の民家だな。お母さんの実家じゃないか?」
 凛奈の目が輝き、小崎は姫浦の背中に目を向けた。
「行ってみるか。乗っけてもらおう」
 小崎の視線を追いながら、凛奈は首を傾げて言った。
「ザッキー、姫浦さんと知り合いなの?」
 自分の名前を耳に留めた姫浦は、タイラップで片手を配管に繋がれたまま諦めたような表情を浮かべる町田に言った。
「では、失礼します。片手なら、すぐに抜けられるでしょう」
 町田は姫浦の顔を見上げると、血まみれの歯をむき出しにして笑った。
「お前は、大事なことを忘れてるぞ。護衛だよ。あれを雇ったのがおれだってのは、もう知ってるよな?」
 姫浦がうなずくと、町田は勢いを取り戻したように、続けた。
「おれが堂山に連絡を取って、竹尾と安積をお前らに差し向けたら、どうするんだ?」
 姫浦は首を傾げてから、ふっと笑った。
「あなたは、そんな面倒なことはしないでしょう」


― 一週間前 ―

 竹尾と安積が、変わらない調子で身を乗り出しながら世間話を続ける中、小崎はベルトに挟まるアンダーカバーの位置を意識しながら少しだけ体を引き、ここで自分だけ引き上げてもいいのではないかと、考え始めていた。
『死体役』
 生きている間は役目を果たせないのだから、今は役立たずだろう。そんな皮肉めいた感想すら、頭に浮かんでくる。どことなく、そういう役回りなのだろうと予想はついていたが、いざ言葉で聞くとなると、話は別だった。女と目が合い、小崎は咳ばらいをすると、竹尾に言った。
「新しい仕事に移るんですか?」
「そうだな、トラックでの輸送。で、合ってますか?」
 竹尾が女の方を向くと、女はうなずいた。新しい仕事について、暗黙の合意が生まれたとき、安積が思い出したように言った。
「一個、引っ掛かるなあ。その、今やってる護衛の話ね」
 その、少しだけ上ずった声の調子から、小崎は安積の心理状態を理解した。気に食わないことがあると、最後になって突然蒸し返す。それは、昔からの悪い癖だった。小崎は無意識に息を整えると、竹尾と安積の横顔を見た。何年も見てきて、当たり前になっていた顏。でも、おれが気づいたことについては、もう言うつもりはない。
 安積は咳ばらいをすると、女に向かって言った。
「その、誰かが狙ってくるとしてね。その過程でおれ達は死ぬって、言ってたでしょ。あれはなんつうかその、失礼かなって。なんで言ったんですか?」
 姫浦は口角を上げた。
「ここで死ぬからです」
 その足がテーブルの柱を蹴り飛ばし、跳ね上がったテーブルの端が竹尾の顎の骨を粉々に砕いた。安積が後ろに尻餅をついたとき、姫浦はシグP227をまっすぐ構えて、その頭を撃ち抜いた。竹尾がグロック27を抜いて銃口を姫浦に向けようとしたとき、小崎はアンダーカバーを抜くと、竹尾の目の前に立ちはだかって、言った。
「くたばれ」
 発射炎と共に38口径が右目の付け根へ突き刺さり、仰向けに倒れた竹尾の手から、グロック27が離れた。小崎はアンダーカバーを手に持ったまま、姫浦の方を向いた。
「分かってたよ。あんたは、堂山じゃない」
 姫浦はP227を構えたまま、小崎に笑いかけた。
「どうして、そう思うんですか?」
「さっき会ったとき、あと二人はって、言ったからだよ。おれは堂山に、四人組だと伝えてきた。三人しかいないってことを知ってるあんたは、間違いなく別人だ」
 姫浦がバツの悪そうな表情を浮かべると、小崎はアンダーカバーのグリップを握りしめたまま、続けた。
「あんた、凛奈をどうするんだ?」
 姫浦はP227の銃口を少しだけ下げて、小崎の体の中心に向けた。
「父親のもとに連れて行きます」
「絶対に、傷つけるなよ。その約束ができないなら、おれもここで殺せ」
 小崎が言うと、姫浦はその目をじっと見て、口角を上げた。
「あなたは、町田凛奈と仲がいいんですね」
作品名:Zealots 作家名:オオサカタロウ