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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Zealots

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 竹尾と安積が鼻で笑い飛ばし、町田凛奈を連れ出す計画があるのなら、こっちから先に辞めちまおうと話していたのは、一週間前のことだ。小崎は二階へ続く階段を駆け上がり、凛奈の部屋に入った。リュックサックは勉強机から飛び出した椅子の上に置かれていて、ベッドの真ん中に置かれたタブレットの画面だけが点灯している。小崎はアンダーカバーをベルトに挟むと、吸い寄せられるようにタブレットを手に取った。フォルダが開かれたままになっている。画面の半分近くを占める写真を見て、思わず目を逸らせた。写っているのは、凛奈の母親だ。今まで、何度も話に出てきた。それだけでなく、最後に行った旅行の話も、ほとんど自分が行ったのではないかと思えるぐらいに、詳細まで聞いている。
 小崎はベッドに腰かけると、その写真を画面の端に移動させて、凛奈の分身とも言えるタブレットの中身を確かめた。雑然としているが、最近使ったフォルダは上に並んでいる。一番上の『父関連』と書かれたフォルダを開いて中身に目を通したとき、家政婦が下から声を張った。
「ブレーカーを上げたいんですが、手伝っていただけませんか」
「すぐ行く」
 小崎はリュックサックに凛奈のタブレットを入れると、ファスナーを閉じて立ち上がった。駆け足で一階に下りると、不安げに見守る家政婦をやり過ごしてメインブレーカーを上げた。電気が次々に息を吹き返し、小崎は車庫に繋がる通路へ早足で向かった。
「どこへ行くんですか?」
 家政婦の声に、小崎は短く答えた。
「車を借りる」
 そして、返事を待つことなくアウディA8に乗り込んだ。
 
 
 一時間ほど走り、直線が続くバイパスに合流したとき、姫浦は後部座席に目を向けると、ずっと外の景色を眺めている凛奈に紙の地図を差し出した。
「今向かっているのは、依頼で指定された場所です。知っている場所ですか?」
「はい、知ってます」
 凛奈は地図を受け取るなり、即答した。最後の旅行。ごつごつした岩場と海が見下ろせる、広い展望台。別荘がいくつか建っているが、ほとんど空きばかりで、人の気配はない。赤い点が打たれているのは、まさにあの写真を撮った場所だ。補足するように、姫浦が言った。
「あと三十分ほどで着きます」
「姫浦さん、質問したいことがあるんですけど」
 そう言うと、凛奈は自分の髪を束ねるリボンに一度触れた。姫浦はプリウスのハンドルを操作しながら、バックミラー越しに目を合わせた。
「どうぞ」
「亡くなった人のことを考えるとき、空を見ますよね。あれってなぜだと思いますか?」
 凛奈が言うと、姫浦はバックミラーから目線を外した。
「最後は火葬されて煙が空に上がるからだと、私はそう思っています」
 静かなエンジン音と微かに流れるラジオの音だけが再び車内を満たし、姫浦がトラックを追い越すために車線を変えたとき、凛奈は言った。
「わたしの父が殺してきた人間は、空にはいない気がするんです」
 走行車線にプリウスを戻すと、姫浦は一度前を向いた目を再びバックミラーに向けた。
「その通りだと思います。命を宙に浮かせたままにするのが目的ですから」
 凛奈が真意を探るように身を乗り出すと、姫浦は口角を上げた。
「行方不明にする、という意味です。死体が上がったら、警察の手が入ってしまいますので」
「助手席に移っていい?」
「停めますので、待ってください」
 姫浦はそう言うと、エンジンブレーキをかけながら路肩に寄せた。凛奈が座席の隙間から器用に前に移動したのを見て、姫浦は体を避けながら笑った。
「気が早いですね」
「後ろは、チャイルドロックかかってるでしょ」
 凛奈は自信に満ちた表情で言うと、助手席のシートベルトを締めた。姫浦は再びプリウスを発進させると、しばらく無言で走り、錆びた看板が風で揺れる脇道に折れた。両側から道路にのしかかってくる雑草のせいで、道幅はかなり狭く見える。
「記憶とは、違いますか?」
 姫浦が言うと、凛奈は首を傾げた。
「こんなに、雑草あったかな……」
「ここは、五年前に別荘地としての役割を終えました。雑草を刈る人間もいなければ、立ち入る人間もいません」
「お母さんが連れてってくれたときも、人はいなかった気がする。そのとき、すでに廃墟だったってこと?」
 凛奈の言葉に、姫浦はうなずいた。車体よりも高い背の草をくぐりながら少しずつアクセルを緩め、フロントウィンドウの先に広がる景色を指差した。
「先の方に、枝が折れている箇所があるでしょう」
「うん、折れてる」
「あれは、別の車が通った跡です。つまり、通った先には誰かがいる可能性が高いです」
 姫浦が淡々とした口調で言うと、凛奈は体を強張らせた。姫浦は完全にプリウスを停車させると、ギアをパーキングに入れた。
「思い出の場所ですか?」
「うん。お母さんと最後に旅行に来た場所」
 凛奈は、あっさりと答えた。姫浦は座席の下からグロック17を取り出すと、左手で持った。同時に真横で草ががさりと割れて、姫浦はいつでも撃てるようにグロックの銃口をドアの内張りへ押し付けた。運転席の窓がコツコツと鳴り、姫浦が窓を下げるのと同時に、町田は目を見開いた。
「姫浦?」
「お久しぶりです」
 姫浦が小さく頭を下げると、町田は助手席に凛奈が座っていることに気づき、しばらく辺りを見回した後、大きく咳ばらいをした。
「なるほどね、無事に辿り着いたか」
「ここに住んでるんですか?」
「引退してからは、ずっとここだよ」
 町田はそう言うと、姫浦が左手に持つグロックを見て笑った。
「変わらねーな。元気にしてたのか?」
 返事を待つことなく、町田はプリウスの後部ドアに手をかけた。姫浦は首を横に振ると、言った。
「このまま横を歩いてください」
 町田は呆れたように宙を仰ぐと、ドアから手を離した。
「娘の前で銃を向けられたまま歩かされるってのは、いい気はしねえな」
 姫浦は、それ以上の抵抗を諦めて歩き出した町田のスピードに合わせてプリウスを発進させると、草をかき分けて広場に出たところで車体を九十度転回させた。十五メートルほど先にくすんだ白い壁の一戸建てがそびえていて、正面は淡い西日に照らされていた。別荘だからか、二階は大きなバルコニーとガラス窓で構成されていて、中から夕焼けが見渡せるよう工夫されている。その前には古い型のパジェロが停まっていて、その車体の雰囲気からすると現役のようだった。傍には大きなバーベキューコンロが置かれているが、そちらは錆びついていて、役目を終えて長いことがひと目で分かった。
 町田は小さく息をつくと、目線で家の方向を指した。
「用心深いな、お前は。メシでもどうだ?」
「結構です」
 姫浦が顔色ひとつ変えずに言うと、町田は笑った。
「興味のない人間には、とことん塩対応だな。護衛に見つからなかったのか?」
「はい」
 姫浦はそう言うと、サイドブレーキを踏み込んだ。町田は助手席の方に首を伸ばして、凛奈に笑いかけた。
「行くか?」
「うん。姫浦さん、ありがとうございました」
作品名:Zealots 作家名:オオサカタロウ