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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Zealots

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 小崎は、竹尾と安積の視線に背中を焼かれながら、店舗の外へ出た。薄暗い電気が点くトイレの洗面所まで辿り着くと、アンダーカバーを抜いてシリンダーを開き、五発の38スペシャルが装填されていることを確認した。豆鉄砲と笑う竹尾と安積は、おそらくグロック27をどこかに隠し持っているだろう。小崎は息を整えると、アンダーカバーをベルトの前側に挟んでシャツで隠し、静かにトイレから出てふと立ち止まった。話し声は薄い壁を伝って、良く聞こえてくる。
『人使いが荒いと、言ってましたが』
 女の声だった。応じる笑い声は安積で、その後に竹尾の声が続いた。
『なんかあったときに、すぐに来てもらわないと困るんでね』
 会話の雰囲気からすると、自分がいることで話の流れが随分と悪くなっていたらしい。自分がいない場では、竹尾と安積は女と気さくに話している。
『今回の仕事から引くなら、すぐに新しい仕事があるのですが』
 女の声はさっきと変わらないトーンだが、その話題は明らかに切り替わっていた。
『殺しですか?』
 竹尾の声。殺しであればいいと心から願っているように、落ち着きがない。
『いいえ。輸送です』
 女が冷静な声で答えると、しばらく間が空いた。小崎はできるだけゆっくり部屋に向かった。これ以上席を外すと、怪しまれるかもしれない。何歩か進んだとき、間を断ち切るように、安積の声が割って入った。
『子守以外なら、何でもいいですよ』
『ははは。あれはもう、うんざりだな』
 竹尾が追い打ちをかけるように言い、小崎は足を止めた。仕事のことについて三人で話すことは、あまりなかった。送迎役と自宅の警戒役は、そもそも顔を合わせる機会が少ない。ただ、自分はこの仕事を気に入っていた。送迎の間、バックミラー越しに話しかけてくる凛奈は、ひとりの人間にこれだけの語彙を詰め込めるのかと驚くぐらいに饒舌だ。こちらが覚えていなくても、お構いなしに喋り続ける。
『ザッキーは、人を殺せないでしょ。だからいいと思う』
 人間に全く関心がなさそうな凛奈のコメントは、到底褒め言葉には聞こえないぐらいだった。しかし今となっては、その先に『竹尾さんや安積さんと違って』という言葉が続いていたような気がする。
 竹尾と安積が、町田凛奈のことをこんな風に考えていたとまでは、思わなかった。二人からすれば、退屈しのぎにすらならない三年間だったのだ。自分にとっては、退屈ではなかった。むしろ、暗闇が苦手で家の電気を絶対に消せないひとりの少女が、好き勝手に喋り尽くせる環境を作っているという、誇りのようなものがあった。
『トラックでの輸送ですが、どうしますか? 三人だと窮屈かも』
 女の言葉が思考を真っ二つに割り、小崎は現実に戻った。竹尾の笑い声が響いた後、安積の声が続いた。
『小崎は必要ですね、何かあったときにいてもらわないと』
 小崎が耳を澄ませていると、竹尾が補足するように言った。
『死体役としてね』
 女は相槌を打つことなく、竹尾の言葉がオチのように場に居座り続けた。小崎は、竹尾の短いフレーズから全てを理解した。自分は、物を言わない死体としての価値しかないということだ。そうならなかったのは、単に今までそういう局面に出くわさなかったからに過ぎない。小崎は部屋に戻り、竹尾と安積に小さく手を挙げると、椅子に浅く腰かけながら考えた。おれは、死体役なわけだ。
 なら、おれが気づいたことについて、この場で持ち出すのはやめにしておく。


― 現在 ―

 私立の小学校は、お金持ちの人が多い。冬休みまではあと一週間ほどで、同級生はすでに海外旅行の話をしている。凛奈は車回しで周りの会話にそれとなく相槌を打ちながら、シルバーのアウディA8が現れるのを待った。自分の行動範囲は、理科の授業で習ったばかりの昆虫みたいに、狭苦しい。自宅、学校、病院、デパート。どこに行くにも護衛二人がついてくるし、護衛に『出かける』ということを伝えなければならない。家には大きな部屋が八つあって、身の回りの世話をしてくれる家政婦さんが二人いる。その全員に給料が振り込まれていて、誰ひとりとしてサボることがない。どこからかお金だけが注ぎ込まれる、機械仕掛けの家。時々、家の中にいる生身の人間が自分ひとりだけなのではないかと、感じることがある。
 救いは、自由に身動きが取れない代わりに、今は世界中と繋がる手段があるということ。
 電子機器への興味が本格的に生まれたのは、小学校に上がってすぐの頃で、母が捨てようとしていたパソコンを『もったいない』と言ったことがきっかけだった。線があちこちに繋がっているのに、電源ボタンを押してもぴくりとも動かない。ランプはしっかり点いているのに、変だと思った。そして、線をあちこち抜いたり繋ぎ変えたりしている内に、絶対に点かないランプがあることに気づいた。今なら、センサーの足が折れてハンダが浮いているだけだと、すぐに分かる。当時、何の知識もなかったわたしは、そこにクリップを挟んだ。途端にパソコンが息を吹き返したとき、母を大声で呼んだ。電子機器の中でも、特にコンピューターに関心が生まれたのは、その成功体験がきっかけだった。母は嬉しそうにしていて、何でも買ってくれたし、どこへでも連れて行ってくれた。
 六年生になった今、大人っぽいねと同級生に言われる。
 それは、自由の象徴だった母が三年前に死んで、自分の頭の中に引っ越してきたからだ。
 それに、取り巻く環境もがらりと変わり、何かに甘えられる環境は完全に消えた。家は一旦空っぽになり、新しい家政婦さんと護衛が二人ずつ、穴を埋めるように現れた。護衛はそれぞれ竹尾と安積という名前で、特に何をするでもなく、家の周りをうろついている。姿が見えないときもあるけれど、そういうときは引っかけ問題のように隠れていて、そろりと抜け出そうとしたら最後、どこかで道を塞がれる。その引っかけの単位はだんだん長くなっていて、前にやられたときは二週間ぐらい姿を見なかったのに、窓からするりと下りて裏から脱出したら、その先の電柱脇で待ち構えていた。決まり文句はいつも同じで、『外は危険なので、必ず私たちが同行します』。今となっては、危険なのは外なのか、それともあの二人なのか、それすら分からない。
 唯一の話し相手は送迎を担当している小崎で、勝手にザッキーと呼んでいる。竹尾と安積の仲間で三人組のはずだけど、名前は『四人組』。あとひとりは大先輩で、亡くなった後もメンバーから外せずに、名称をそのまま使っているらしい。その気持ちは、手に取るように分かった。わたしだって、筆箱やノートのカバーは、母が持っていたものをずっと使っている。それがいつまでも母の持ち物であるのと同じように、小崎の中では『四人組』なのだ。竹尾と安積がその呼び名を変えたがっているということを聞いたとき、必然的に味方は小崎だけになり、すぐにザッキーという『キャラクター』になった。
作品名:Zealots 作家名:オオサカタロウ