京都七景【第十八章】後編
少し歩き出すと、里都子さんを見失わないためには傘が思いの外、邪魔になっていることに気がついた。おれは傘をすぼめて左手に持った。傘をさしていなければ、ほどよく雪明かりがして、顔さえ雪の降りかかる方向からうつむけていれば、里都子さんの姿を見失うことはなさそうなのがわかった。
ゆえに、結局、おれがしたのは、降り続ける雪の真っ白な世界の中で、数メートル先を進む、着物の裾らしき黒いものを追いかけて、その都度後ろにできる足跡を、雪が埋めていくのを、三度往復して見守っていただけなのだ。
理由を知らない者からすれば、なんて単純な行動だろうと、あるいは馬鹿にされるかもしれない。だが、おれは、どういうわけかこの行動に十全な満足を感じていた。それは、この行動が、自分のずっと望んで来た目標に手が届くような気持ちに、おれをさせてくれたからだ。ちょっとカッコをつけた言い方をするよ。
《そうか、おれは、目標に向かって苦闘しながら進んで行く人の後ろから、その人の願いが叶うように見守る人間になりたいのだ。しかも、その目標に向かって進んで行く人というのは、たぶん、かつての、今の、そしてこれからの、おれなのだ。おれは、やはり、同じ苦闘の最中(さなか)にある人間を救いたいと思うのだ。しかも文学によって。だが、どのように? それがこれからのおれの課題となるだろう》
そう思って、おれがいっそう心を引き締めたとき、ちょうど、里都子さんもお参りを終えて総門の下に入ったところだった。おれたちは、顔を見合わせ、互いの頭や肩に降り積もった雪を払いあってから、雪に足をとられぬよう手と手を取って、小走りにおれの部屋へと戻った。
部屋がストーブで少し暖まってくると、里都子さんは今日のお参りの目的を簡単に説明してくれた。それによると、前に話した通り、母がなくなって以後、病院後継者の件について、あまりに無理難題ばかり持ち上がるので、自分の心だけではどうしても受け止められず、無理とはわかっていても、この件の張本人(兼一番の被害者)である母にどうしても恨みつらみが言いたくなって自制が利かなくなり、お恥ずかしいことだが、夜も昼も心の中で、母を罵って止まなかった。
このままでは自分がいつかおかしくなりそうで、いてもたってもいられなくなった。そこで、心を落ち着けようと、たびたび真如堂の境内を歩き回っているうちに、ここの阿弥陀如来様は、〈分けても女人の悩みを救ってくれる〉という言い伝えがあることに気がつき、それで、夢枕でもいいから、もう一度、母に会わせてほしいと願を掛け、お百度参りを始めたのだそうだ。それは、おれが下宿に来る直前の八月末からだから、境内でおれと顔を合わせるのが多かったのもうなずけるわけだ。
ただし、平日、人がいなくなる頃を見計って、一、二度ずつお参りするのだから、お百度を終えるまでには、かなり日数がかかることになった。ただし、最終日を十二月二十八日にすることは当初から決めていたという。
なぜなら、その日は京都でも新年を迎える準備に忙しく自分の晴着姿が人の目に止まることも少ないし、また観光客もめっきり減る日だからである。しかも、その日は古川医師の所属する医師会の忘年会と決まっていて、帰宅するのはたいてい御前様である。ま、そういうわけで暮れの二十八日を選んだというわけだ。
では、なぜ晴着姿になったのか。その件は母のなくなった日に関わっている。里都子さんの母は、里都子さんの成人式の朝方早くに亡くなっている。だから、里都子さんは、当然、成人式には出られなかったし、母も娘の成人式の晴着姿を見ることはなかった。晴着は相変わらず衣桁にかけて宙吊りのままだった。
最初は、里都子さんも母に憤りを覚えていたので、母の墓参にその晴着を見せに行こうなどと言う気持ちはさらさらなかったし、だいいち、そのことに気づきさえしなかった。
ところが、その後、さらにいろいろな面倒が起きたり、いくつか知らない事実が明らかになるうちに里都子さんの気持ちも次第に変わって来た。今では、母を詰るより、母に自分の決意を告げて、母と袂別したいとの覚悟を持っている。だから、母にも自分にも心残りのないように晴着を着て見せようと思ったのだ。
その覚悟が何をするための覚悟なのかは、この、二十八日の時点ではおれにも明かされなかった。それには次の機会を待たなければならなかった。里都子さんは帰り際にこんなことを言った。
「野上さんは、年明けに帰省したりする?」
「いや、それはちょっと無理かなあ。課題レポートの締め切りが一月十三日なので、それまでは、まずだめでしょうね。おれ、書いたりまとめたりするのに時間がかかるので。そうだなあ、レポートを出して一息ついてからだと、ま、帰るのは二月の第一週というところですかね」
「まあ、よかった。なら、もう一つお願いしてもいいかしら。もちろんレポートが忙しければ断ってもらって全然かまわないのよ」
「日にちと内容によりますけど、どんなことですか?」
「一月十五日の午後二時過ぎ頃。よかったら、一緒に京都駅に出て初詣に行きません? 目的地は伏見稲荷」
「十五日なら余裕です。もちろん行きますよ。でも、その日は確か法事があって、忙しいんじゃないですか?」
「あら、よく覚えていたわね。そうなのよ。母の三周忌の法要をその日の午前十時から真如堂で営むことにしているの。
そうねえ、法事が予定通りに進めば、忙しいということはないけれど、何しろ集まる人たちが集まる人たちでしょう、だから波乱は必至なのよ。身内だけで済ますつもりではあるけれど、何しろ、祖父に、祖母、それに父に私、という、家族なのに普段顔をあわせないメンバーばかりなので、会食時に集まればどうしたって医院の今後の後継問題が話題に上って紛糾するのは目に見えている。
特に、うちの家族は、意見を一致させようという気がないから本当に困るわ。人の意見を容れたら自分が負けると思う人たちばかりだから、どうにも手の施しようがないのよ。誰も自分の意見を主張して譲らないし、その上、言い出した意見の責任を誰も取ろうともしない。言い出したら言い出しっぱなし。だから、誰かが火中の栗を拾わない限り、何もまとまらない。ただただ時間が延々と過ぎていくだけ。ほんとに、馬鹿馬鹿しくなるわ。
だから、今度こそは、良くも悪くも私が自分の意思をはっきりと告げて、その栗を拾ってしまおうという覚悟なの。でも、そんなことをすれば大波乱を呼び起こすのは必定でしょう? だから言いたいだけ言って、「これから人と会う約束があるから」と、さっさと家を出てしまう。そうしておいて、みんなの頭が冷えて正常な判断がつく頃に、また戻ってこようというわけ。どうせ、何もまとまらずに話し合いは真夜中まで延々と続くでしょうから。それで、本当に悪いんだけれど、その協力を野上さんにお願いしたいの。もちろん協力の中には、さっきの伏見稲荷行きも入ってる。つまり、こういう筋書きよ。
真如堂での法要が終わり、私たち一行が自宅に戻っていよいよ会食を始めるや否や、まず私が立ち上がって家族の前で宣言をする。
作品名:京都七景【第十八章】後編 作家名:折口学