メイド女房アフリカ滞在記
なんでもここの婦人会ではビーズでアクセサリーを作り、年に一度のバザーの時に販売し、売上金を慈善団体に寄付して社会貢献をするのが目的とのこと。というのが名目で、実際は作業しながらおしゃべりして情報交換をしつつ親睦を深めることが活動内容らしい。
手芸全般が好きだった美琴にとって色の組み合わせを考えて、直径一センチ近い大きなビーズをつないでいく作業は久々に集中して楽しめることだった。
「あら、いい感じじゃない」
などと言われれば気持ちもあがるというものだ。
材料のビーズは主にオールドビーズと言われるもので、希少価値が高く、欧米人に人気があるらしい。これらのビーズはかつて奴隷売買で使われたそうだ。つまりこの辺りの村の酋長が西洋人が持ってきた美しいビーズに魅せられ、それらのビーズ欲しさに村人を奴隷として西洋人に売ったという歴史があったらしい。それらが時代を流れ流れて市場に出回り、現代では本物はかなり高価らしい。レプリカもたくさん作られているようだが、多少傷や汚れのある古いものが本物で価値が高いという。
その話を聞き、美琴は気味が悪いとしか思えなかった。本物のオールドビーズなぞどんなに希少価値で高価と言われようと、奴隷として売られた人の怨みの念が染みついていそうではないか。
「これ本物なのよ」
「あら素敵」
「奥さんこっちはどう?」
などと会話しているマダムたちの気が知れない。
彼女たちとのお付き合いについていけるだろうか、と美琴は少し不安になる。
「さあ、皆さん、休憩しましょう」
山野さんがその場を仕切り、おやつに肉まんとお菓子をだしてくれたので、以後食べながらの歓談となった。女性とのおしゃべりに飢えていた美琴にとってはこれはこれでけっこう楽しかった。
次回の予定を確認してお開きとなる。
その後停電が続いて婦人会も中止になり、婦人会で知り合った数人と美琴のうちで集まりお茶会をすることになった。美琴はキーボードやヴァイオリンなどの楽器を持ってきていたため、同じくヴァイオリンを持っているという高橋さんやピアノが弾けるという井村さんたち大使館関係の人で集まり一緒に音楽をやろう、ということになった。美琴のフラットには中庭にプールとテニスコートもあり、そのうちテニスもやりましょう、という話になり毎週火曜日の午後に数人で美琴の家に集まることになったのだった。そのうちただお茶を飲んでお菓子や持ち寄りの食べ物をつまみつつのおしゃべり会になるのだが。
<7.停電>
その後も相変わらず電話がつながらなくなったり、断水したりが続いた。
婦人会で知り合った友人宅を訪問したり、職場の同僚を夕食に招いたり、土曜か日曜の夕飯は外食したり、という日々が続いて六月が終わる。
ちなみにこの地域では日本の夏にあたる四月から九月くらいは雨季である。頻繁に雨が降り気温も三十度以内で、湿度は高いものの日本の真夏よりましかもしれない。
七月に入ったが電話はすぐ繋がらなくなり、電話番号が何回も変わった。美琴は電話番号が変わるたびに実家に国際電話して教えていたが、あまりにも頻繁に変わって繋がらないので、心配した実家から会社にかけてきたり、友人がファックスを送ってきたりしたため、その都度正弘に嫌な顔をされた。聞いたところでは電話局の人間が闇で回線を複数人に売り、誰かが使っていないタイミングなら別の誰かが使える、という仕組みにして稼いでいるらしい。この国らしいことだ。
その上、断水ばかりでなく停電が頻繁に起こるようになった。停電すれば当然水をくみ上げるポンプも動かないため、屋上の貯水タンクが空になれば断水する。朝八時から夕方十八時まで停電、断水、それが連日のように続くというのはもはや災害級である。ろうそくを買い、燭台がないので缶詰の空き缶に蝋をたらして立てて、廊下や部屋の随所におくはめになった。まるで昭和の漫画のようだ。
最悪なのは炊飯器をセットして炊きかけたところで停電。最初から分かっていれば鍋で炊いたものを、炊飯器で生煮えの米を急遽鍋に移して炊くはめになる。
洗濯も乾燥機が使えない分には部屋干しするなりできるが、いきなり停電になると通電しないため洗濯機が止まったままになって蓋も空かなくなってしまう。何時間も汚れた洗剤液の中につけこまれた洗濯物は汚れの色が染みついて全体にくすみそうだ。こちらの水は浄水器を通さない洗濯やトイレ用の水がそもそも薄茶色っぽいので洗剤にはブルーの染料が入っていたりする。白いワイシャツが茶ばむのを防ぐといより青っぽくして目立たなくさせるためだ。しかも洗濯にはお湯を使っているのだが、かなり高温で五十度以上ありそうだ。まさに染め物をしているような状態で、おかげで白い衣類は全て水色になってしまった。
乾燥機を使うのは外干しすると危険な害虫が洗濯物についてしまう可能性があるからで、聞いた話では、知らずに身に着けた下着に虫がいてお尻がかぶれてしまったとか。さらには都市部は大丈夫と聞くがツェツェバエという、人の血を吸い病原体を侵入させて睡眠病を引き起こし永遠の眠りにつかせる、超危険な殺人昆虫も生息する地域である。
停電で不便ながらも七月半ばに休暇がとれるという話があり、気持ちを切り替え楽しく旅行計画を立てていたのだが、仕事の都合で休暇は流れた。
停電と断水は続き、さらにガソリン不足という噂も流れてきた。この国はアフリカ随一の産油国のはずなのに。
結局停電と断水はほぼ毎日のように続いている。
常夏の国で一番の問題は冷蔵庫とクーラーである。除湿器が使えなくて湿度が高まるのとクーラーが使えなくて暑いのは我慢できるとして、冷蔵庫はかなり困る。必要最低限の開け閉めしかできない。一日続くとほぼ常温になってしまい生鮮食品はまずいことになる。
停電の時間は朝から一日だったり、昼間の数時間だったり、再び夜からだったり、午前中だけだったりまちまちで予測がつかず不便極まりない。ので、フラットの家主のほうで、朝夕の食事時前後だけジェネレーターを使って電気を供給してくれるようになり、何時から何時の間に電気を使えます、というお知らせのプリントが各戸に配布された。
ガスだけはプロパンなので切れても予備が一本あるし、電話で頼めば業者が持ってきてくれるので問題はない。ただし小ぶりなボンベなので一か月くらいしかもたない。
料理用の水を確保し、電子レンジと電気炊飯器を使わなければ差し支えなく料理はできる。一昔前の時代だと思えばいいのだ。
しかし電話は相変わらずつながらないことが多く、その都度電話局に訴え、また何度も電話番号が変わっていった。
そもそもこれほど頻繁に停電する理由が、実は電力会社のストライキだということだった。しかも地域によって停電しているところとしていないところがあるらしい。当時軍事政権だったゼリア共和国だが、軍人が多く居住する地域は停電していないという噂だ。外国人居住者の多い地域がターゲットにされているらしい。
作品名:メイド女房アフリカ滞在記 作家名:ススキノ レイ