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ススキノ レイ
ススキノ レイ
novelistID. 70663
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メイド女房アフリカ滞在記

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 特売品を見つけたときに余分に買っておくとか、まとめ買いのほうが得な場合でも常に財布がカツカツなのでギリギリのものしか買えない。不便極まりなく、美琴はついに「せめて一か月分まとめて食費を渡してもらえないか」と訴えたことがあったが、「現地の給料は安いから金がない」とかなんとかでせいぜい二回分の金額にしてもらえたくらいだった。正弘が外食したりゴルフに行ったりする金はあるのでは、と思うが、美琴は所詮女中頭、それ以上の何を言っても無駄なようなので諦めた。さらにこの結婚自体を諦めよう、という発想も浮かびつつあった。
 
 米や缶詰などの保存のきく食品は社員用のオーダーシートがあり、それに記入し会社を通じて依頼しておくと手に入るが、正弘のチョイスではたれやソース類がやたらあるものの、料理をするために必要な米酢やみりん、酒などが欠落しており、美琴は調味料類をスーパーで買わなければならない。しかし米酢はなく、ビネガーは強すぎて代替えにならない。まったく違う味になってしまう。仕方ないので分量やブレンドを工夫しなんとか酢の物っぽいものを作ったりしていた。後で聞いたところ、酢が嫌いだから、と買わなかったらしい。それでどうやって酢飯をつくれというのか。寿司太郎があるじゃないか、と言われても、あれはちらしずしのもとであって酢飯とは別物だ。次の機会には忘れずに米酢とみりんを頼まなくては。
 
 スーパーに行っても肉類は基本キロ売りで冷凍チキンもホール、魚もお頭つきで一匹丸ごと。トレーにのってラップをかけられた切り身というものは存在しない。魚は付近の海でとれるものが多く、スーパー以外橋の上などでも氷をいれた盥にいれて漁師のおかみさんが売っている。ただし前日上がった売れ残りも翌日そのまま売っていたりはする。
 ちなみにここのチキンは本当の平飼いなので養鶏場のブロイラーとは全く味が違い、鶏肉本来のおいしさを味わえる。日本のスーパーの安売りの鶏肉のような鼻につく鶏臭さのようなものがない。ただ卵は炎天下のマーケットで積み上げられて売っており、鮮度のほどが不明である。美琴はうっかり卵をいれたミルクセーキを作って飲んでしまったことがある。友人に言われて初めて生卵はNGと知ったが、体調を崩すこともなかったのでとりあえずは大丈夫だったのだろう。
 野菜もここでとれるものなので新鮮で安い。大抵一キロ百円位のものだ。野菜に関してはスーパーより道端マーケットのような場所のほうが豊富にそろっている。ただし、これも電卓持参で自分で計算しながら買い物をしないと、お釣りをごまかされたりする。慣れてくればそんな駆け引きも面白くなったりするのだが。
 ただ、野菜で面倒なのは農薬を使わない分、変な虫やら寄生虫の卵などがついている可能性があり、買ってきた野菜は全て浄水器を通した水で洗い、哺乳瓶の消毒に使うミルトン液に半時間ほど付け込んで消毒しなければならない。ミルトン液から引き揚げたらまた一時間ほど放置して水分と塩素を蒸発させて初めて、料理に使うなり冷蔵庫にしまうなりが可能になる。買い物後の一仕事でかなり時間を取られ、スーパーで買ってきてすぐ食べられる日本の生活がいかに便利だったかがよくわかる。
 
 買い物に関しては最初、社長宅のコックの中島さんに連れて行ってもらった。奇しくも彼は正弘と同い年で、数年付き合った彼女とは別れてしまったところらしい。「長すぎる春というのもうまくいかないものです」とのこと。同じ年齢ならこの人のほうが余程よかった、と美琴は思わず比較してしまう。
 野菜マーケットも彼に教えてもらった。それは居住区のあるリコ島とラグーンの一部というか水路のような海を挟んで対岸にある官公庁や会社の多いラガ島側のビーチにありちょっと離れている。車でも二十分くらいはかかるが野菜は安くて新鮮だ。日本では見かけないまん丸のナスや五十センチくらいある長いいんげんもある。その名もロングビーンズでぽきぽき折って普通のいんげんのように使う。果物もパパイヤやマンゴー、パイナップルなど熱帯ならではのものが安く豊富。マンゴーなどはその辺の街路樹にもなっているのでたとえホームレスになっても餓死することはなさそうだ。
 
 
 
 <6.婦人会>
 
 
 キッチンのエアコンは直ったのだが、翌日からまた断水が始まり、今度は乾燥機が故障した。電話も頼んでいるが回線が空かないとかでなかなか繋がらない。断水に備えポリタンクを二つ買い、一つは飲用に、一つは洗い物やトイレを流したり用に準備するようにしたので一日くらいの断水ならしのぐことができた。
 フラットに越して一週間ほど経てなんとか断水がおさまったところで初めて、会社の上司を夕食に招待することになった。初めての来客のため、美琴なりに張り切って食事を用意する。
 ナスのシギ焼き、鯵の梅干し煮、おからの炒り煮、烏賊とオクラの土佐酢和え、海老しんじょの吸い物、野菜の即席漬け、そしてデザートには抹茶ムース。
 料理初心者にしてはまあまあがんばったほうではなかろうか。仮面夫婦との和やかな歓談で課長氏もご満足いただけたようで美琴は安心した。
 
 その後、ラガ生活にも慣れてきたところだろうと、こちらの婦人会というものを紹介された。まずは、大使館の山野さんのところで集まりがあるから参加して欲しい、という旨の連絡が会社を通じて正弘にもたらされ、美琴は日時と場所を書いたメモを渡された。狭い日本人社会なのでどこの会社に新しく日本から赴任する人がいるか、などは大使館を通して全部わかっているらしい。
 「なんか奥さんたちが集まってビーズでアクセサリー作ったりしてるみたいだよ。行ってきなよ」
 と言われ、美琴も興味を持った。何より日本語でおしゃべりすることに飢えてもいたのだ。

 その日美琴は朝九時半過ぎには玄関をでて事前に呼んでおいた運転手にメモを渡し、山野さんの家へ送ってもらった。オロモブリッジを通ってラガ島へ渡り大使館の近くの山野さん宅へ到着する。帰るときはまた電話をする、と運転手を帰し呼び鈴を押すと、山野夫人が玄関に迎えてくれた。「大使館の山野です、よろしくね」と挨拶された。四十代後半位の落ち着いた女性。リビングに通されるとすでに数人のご婦人たちが集まって談笑していた。
「こちら先週日本から来られた角倉商事の綾川美琴さん。今日から婦人会のメンバーよ」
と紹介され、美琴も
「角倉商事の綾川美琴です、よろしくお願いいたします」と挨拶した。
そこに集まっていた女性たちは口々に
「八千代商事の元木静香です」
「丸菱の石田千鶴です」
「同じく丸菱の田川美奈子です」
「日本油脂の水倉洋子です」
「大使館、防衛省の村木です」
「同じく医官の井村です」
「ユネスコの青山美紀です」
「大使館で書記官やってる須崎の妻です」
「通産省の山口です」
「農水省の高橋です」
と自己紹介された。当然一度で覚えられるものではない。名だたる企業名が並び、ここでは個人の名前より会社名が重要なのか、と違和感を覚えたものの、確かにこのほうがわかりやすいことに気づいた。