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ススキノ レイ
ススキノ レイ
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メイド女房アフリカ滞在記

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 電話の件にしろ停電にしろ、日本では考えられないような理由でインフラが使えなくなるのがこの国だった。日本のように自然災害が多いというなら諦めもつくが、回線の闇売りやらストライキやら、人間のせいで不便を強いられるのはたまったものではない。
 
 停電で掃除機も洗濯機も乾燥機もアイロンも使えないためメイドが来てもほとんど仕事が無い。ある時暇を持て余していたエリザベスがふと美琴の足を見て、「マダム、これはひどいよ」という。こちらに来てからずっと裸足にサンダルでかかとがかなりガサガサになっていた。
 「私が治してあげるよ。シャンプーある?」
 「あるけど」なんでシャンプーなのかよくわからないが。
 エリザベスは洗面器にぬるま湯を注いでシャンプーを入れ、これに足をつけろ、という。
 椅子に座って足湯のように洗面器に足を入れると、エリザベスが手でマッサージしてくれる。そして階下の自室から取ってきたらしい剃刀を持ち出し、ふやけた足の裏の角質を器用にこすり取って2時間くらいかけてつるつるに仕上げてくれた。きれいに仕上がりエリザベスも満足そうだった。まさかこんなにご丁寧に時間をかけるとは思わなかった。家事の代わりにエステのサービスをしてくれたのだろうか。エリザベスにお礼をいって、また夕方に、と帰らせる。
 熱帯で素足にビーサンで過ごす黒人でもかかとのガサガサとか気にするんだ、と美琴はちょっと意外だった。そういえばエリザベスはしょっちゅう美容院にいっては小さなみつあみを放射状に立てたり、細いみつあみを大量に垂らしたり、と奇抜な髪形にしていたし、実はかなりお洒落さんのようだった。ただ、いつもしかめっ面で機嫌が悪そうにしか見えなくて、あれでもうちょっと愛想がよければお洒落も見栄えがするだろうに、と美琴は内心思っていた。ちなみに肌の黒い人は鮮やかな色の服が似あうし、深紅やオレンジのルージュも発色がきれいに見えて化粧映えがする。まあどこの国でも化粧をすれば美人はより映えるし、そうでない人もそれなりに、ではある。
 
 停電続きの中、エリザベスがゼリア料理を作ってくれるというので金を渡して材料を買ってこさせた。一抱えもある大きなヤム芋、牛肉の塊、乾燥させた魚、玉ねぎやオクラ、よくわからない葉物やハーブ類を買ってきてさっそく料理に取り掛かる。美琴は観察しながら材料の名前を聞いてメモしていった。
 ヤム芋は日本の大和イモを大型にしたような形で、皮をむいて二センチ大位にカットしてゆで、すり鉢のようなものにいれ、すりこ木のような太い棒で突いて餅状にし、ラップで茶巾しぼりのように包んで蒸しあげる。これがパウンデッドヤムという見た目は肉まんのような色合いと大きさの主食。
 オクラスープはまず大きな鍋に一口大に切った二百グラムほどの肉、刻んだ玉ねぎ数個分、ペペ(唐辛子)半カップ、水を入れ火にかけ、煮えたところでストックフィッシュという干し鱈のようなものをぶつ切りにして加える。別鍋で湯を沸かし、みじん切りにしたオクラ五百グラムほどを入れて煮る。煮えたら両者を混ぜ合わせパーム油一カップを加える。
 さらに刻んだ玉ねぎ、アドゥサイという紫蘇のようなミントのような芳香と辛味のあるハーブを二、三枝分刻んだものを入れ、パーム油を足す。
 ドライフィッシュという鰹節のような味の魚の燻製を頭、骨、内臓、ひれを取り除き洗ってちぎったものを投入。マギーブイヨンと塩で味つけする。
 最後にクレイフィッシュという削り節か干しエビのような粉末を加え、ペペを追加して味を調える。
 この辛いスープをねっとりとしたパウンデッドヤムに絡ませて食べる。

 けっこう辛いが魚介系の出しと牛肉の出しがきいて深みのある味わいになる。レストランで食べるゼリア料理はある意味洗練された味なのだろうが、メイドが作ったオクラスープはおふくろの味、という感じでけっこうおいしかった。たっぷりのオクラでどろりとした感じが健康によさそうである。
 エリザベスはちゃっかり自分の分をタッパーに詰め込んで持って帰った。

 例によって食事の場面においてであれば正弘は機嫌がよい。好き嫌いはなく何でも食べる。家にいる時間はほぼ一人で泳いだり隣人たちとテニスをしたり休日はゴルフに行ったりと運動して過ごしているので食欲も旺盛だ。
 美琴も付き合ってたくさん食べていたので過食気味になってきた。この夫婦をつなぎとめているのは食欲だけなのだから食べるしかないではないか。
 美琴は精神の飢餓のようなものを感じる一方で体は最近太ってきた気がする。日々一人、家で料理の研鑽を積み、友人を招くためお菓子まで作っては失敗作を自分で食べたりしていたので当然だ。お菓子作りが趣味でここぞというとき気合を入れて手作りしたわけではない。ここには近所にお菓子屋もコンビニもないのだ。そもそも治安の関係で車以外、外を出歩いてはいけないことになっている。スーパーに行っても生菓子は売っていないしケーキ屋自体、どこかにあるのか、そもそもあるのかどうかもわからない。お茶菓子は作るしかない。和菓子の材料は手に入らないのだからバターや卵、クリームをたっぷり使う系になりがちで、こんなものを頻繁に食べたら太るはずだ。
 
 美琴は先日野菜マーケットでココナツを丸ごと売っているのを見て、どんなものだろう、と買ってみた。殻は当然固いので包丁の刃が立つものではない。転がる実を押さえながら包丁を振り下ろしたので、案の定親指の付け根あたりに当たって流血した。かなりざっくりとやってしまった。思わず「きゃあ」と声を出したので正弘が「どうした?」とキッチンを覗く。血まみれの指を押さえている美琴を見て「切ったのか。バンドエイド貼っとけよ」とひとこと言うとリビングに戻って雑誌の続きを見ていた。
 美琴はこの夫の反応に「は?これだけ?」と余計血の気が引いた思いだった。この夫はいざという時文字通り何の役にも立たず全くあてにならないに違いない。それこそ自分の身は自分で守れということか。バンドエイドですむ傷ではなく、ガーゼを巻き付けて包帯をぐるぐる巻いて縛ったが出血はなかなか治まらなかった。メイドが来て、美琴の血のにじむ包帯と床に転がる包丁とココナツを一瞥し、状況を察したのだろう。「マダム、こうやらないと危ないよ」とココナツをに食い込んだ包丁の柄をもって実をタイルの床にたたきつけ、ココナツを割ってくれた。そうか、こうすればよかったのか。ラッコでさえおなかに乗せた石に貝を叩きつけて割ってるというのに、逆をやってはいけない。バカなことをしたものだ。
 この件は美琴にとって物理的な傷以上の精神的な傷をもたらし、彼女はますます心の隙間を埋めるために食物を口に入れていくようになった。ケチな正弘も食費にだけは文句を言わないので、彼の金を消費させるにはこれしかない、とばかりにパントリーにある保存食を食べ続けた。どんなに食べても空腹が満たされず、そのまま食べられるものがなくなり、ついに切り干し大根まで食べてしまった。
 


<8.齟齬>

  
 このところようやく停電、断水が落ち着いてきた。労使交渉がまとまったのであろうか。