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ススキノ レイ
ススキノ レイ
novelistID. 70663
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メイド女房アフリカ滞在記

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 週末、正弘は職場の人とゴルフに行く予定だったが雨のため中止。雨で少し気温が下がっていて幸いだったが、キッチンのエアコンが故障し、翌日夕方に修理の人間が来るまでキッチンが蒸し風呂になる。窓を開けたいが網戸もなく、ハエが入ってきてしまう。正弘は出かけないついでに階段を挟んで向かい側に住む独身の田中さんに声をかけ、テレビのチャンネル登録をしに来てもらった。彼はここに暮らして二年以上になるそうだが、日本に戻る日が近いとのことで余った食材を持ってきてくれたりした。なのでお返しにケーキを焼いて差し仕入れた。後にしばしば家に招いて夕食を共にしたり、一緒にゴルフ旅行に出かけたり、と仲良く付き合うことになる隣人だった。
 
 
 
 <5.経済の問題>
 
 
 常々正弘の不満気な態度が目に付いて美琴もさすがに不快感が募り、ある時何が不満なのか、と尋ねてみたことがあった。
 「だって髪切っちゃうし。そりゃアフリカだから暑いんだからいいけどさ、勝手に切っちゃってさ」
 正弘はそう言うのだった。
 髪を切るのに夫の許可がいるとは知らなかった。確かにお見合い写真の頃よりだいぶバッサリ切りましたけど、そんなもの人の勝手でしょうが、と美琴は思う。
 「そういう眼鏡のフレームは嫌いっていったでしょ。コンタクト持ってこないんだもの」
 水が悪いからコンタクトは使えないって言いませんでしたっけ?あんただって眼鏡でしょ。しかも一つはあんたのと同じようなフレームにしたんだから、予備のは自分の好みで作ったっていいでしょうが。
 「カラオケで音はずすし。皆の前で恥だよ」
 だから歌いたくないっていったでしょうに。てか誰も気にしてなかったと思うぞ。
 
 この男は一体私を何だと思っているんだろう。付属物か?使用人か?見てくれの良い人形として隣にいることを必要とされているだけで、意思を持った人間扱いをしていないのではないか?いっそロボットでも置いておけばよかったんじゃないか。
 美琴は自分の人格が、黒のマーカーで塗りつぶされていくような気がした。顔の塗りつぶされたその他大勢の代替えのきくモブの一人。先の見えない暗黒に落ち込んで意識が消滅していきそうだ。だからこの男はあんな風にダッチワイフ扱いのセックスしかできないのか。いや、そもそもセックスがまともにできないから、女を人として見ることができないのか。
 
 そして決定的だったのが、「家計は俺がやるからいいよ」と金を一切渡されなかったことだ。結婚したにもかかわらず、美琴は正弘の給与額を知らない。ボーナスがいくらなのかも、何銀行に口座があるのかも、残高がどのくらいあるのかも、日本での給料もラガでの給料も何も教えてもらえなかった。本給は日本の口座に入り、現地手当が現地貨で支払われる、と聞いたような気がする。「現地貨は大してもらえないよ」とのたまっていたが、それがいくらなのかは聞いたことがない。買い物に行く必要が生じると、正弘に「明日買い物に行くからお金を頂戴」といちいち言わない限り、美琴は現地貨を一切持てなかった。
 
 さらに追い打ちをかけるように正弘はある時
 「会社からでた支度金、どうした?」と問うてきた。美琴は
 「料理学校と英会話学校に使ったけど」と答える。
 「全部?」
 「三万位余ってるけど」
 「じゃそれ寄越して。会社から支給された支度金は余ったら返すから」
 美琴は耳を疑ったが、仕方なく手持ちの米ドルで三万円相当を渡さざるをえなくなった。
 一度支給された支度金を会社に返金なんてありうるだろうか?だったら他の人もやっているのか?そもそも自己申告で領収書も要求されていない。経理の上でそんな面倒な処理をするはずがないと思う。
 だいぶ後になってからだが、この件が疑わしくて気になった美琴は会社の経理の人間に直接電話をかけて聞いてみたことがある。「一旦支給したものはどう使おうと個人の勝手で余剰金を返金などという制度はないです」とのことだった。
 正弘が自分の財布に入れたいだけだったのか?だとしたら夫婦として、大人としてあり得ないレベルのセコさではなかろうか。美琴に対してあえて意地悪をしたかっただけなのか。完全に夫婦という意識が欠落している。意味が分からなすぎる。もはや人として信じられない。
 これで妻と言えるのだろうか。美琴の常識ではこれは非常識以外の何物でもないと思うのだが、非常識に囲まれて日々を過ごしていると空気中の瘴気を知らずに吸い込みじわじわと侵食され、意識が洗脳されていくようだった。仮面夫婦結構、愛はいらない分、せめて金ぐらい潤沢に寄越してほしいものだ。仮面夫婦ですらないのか、これは。せいぜいがとこ女中頭程度のものなのか。だったら、使用人として給料をもらいたいところだ。夜のお勤めも二回ばかり付き合ったではないか。
 これはもう一つの契約と解釈しよう、と美琴は思った。仕事だと思って何も考えず感じず、割り切って女中頭をやってやろうじゃないか。当然期限はある。この契約を更新するかどうかはその時決める。給料は慰謝料としていただくからそう思え。
 
 買い物に行くときは自宅に支給されている車を会社で雇っている我が家専用の運転手に運転させる。通勤途中、事故など起こすとややこしいので邦人は運転せず雇った現地人に運転させる習わしだ。会社の現地雇用の促進という意味もある。正弘を送って会社に待機している運転手のフレッドを電話で呼び出し、買い物に出かける。スーパーマーケットへ、と言えば、近くの適当な店に連れて行ってくれる。
 その日正弘がよこした金は八百リア位だった。一リア五円だから約四千円位だ。ゼリア共和国は政情不安定でインフレーションを起こし、貨幣価値がどんどん下がり、財布が紙幣で膨れ上がる。正弘はエールフランスのアメニティが入っていたマチが八センチ位あるポーチを財布替わりにしていた。札束がぎっしりという感じだが、百リアより上の高額紙幣がないためどうしてもかさばる。当地の物価高は輸入品にべらぼうな関税がかけられているせいもある。
 当時のざっくりした物価が
 クリネックスティッシュは一箱五百円。
 現地のトイレットペーパーなら一個三十五円(十二個だと四百二十円)
 洗濯用洗剤一箱五百五十円
 衣類用スプレー糊一本四百五十円
 ラム酒一瓶千二百五十円
 ミネラルウォーター一箱千三百五十円
 卵一ダース二百五十円
 小麦粉一キロ八百五十円
 ミルク一リットル三百二十五円
 砂糖一キロ三百円
 魚は
 バラクーダ一キロ八百二十五円
 クロッカー一キロ五百二十五円
 海老一キロ千百七十五円
 肉類は日本と大差ない感じだったが、大きなブロック肉なので鶏肉以外買うことはほぼなかった。
 
 こんな感じなので、週に一度しか行かない買い物で一週間分の肉、卵、調味料や水、洗剤やティッシュ類をスーパーマーケットで買うとかなりの額になる。はっきり言って四千円では足りない。美琴はいつも電卓を持ち歩き、計算しながら買い物し、レジに並びかけてから財布の残金が乏しく商品を棚に戻すこともしばしばであった。