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ススキノ レイ
ススキノ レイ
novelistID. 70663
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メイド女房アフリカ滞在記

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  手荷物受取のレーンで待つがなかなか出てこない。美琴は
 「時間かかりそうだから先に行ってくれても」と声をかける。正弘のことだからあっさり受け入れそうだと思ったが、さすがに出るまで待っていてくれた。
 日本の税関は当たり前だがダッシュなどと言わないのですんなりと通過できた。別送品はないですね?と言われて引っ越し荷物のことを思い出し、係員に聞いたところ、やはり申告書に書くらしい。いずれ代理店から問い合わせがあるとのこと。
 出口を出るとすぐリムジン乗り場で、美琴は電話をかけたかったのだが、時間がぎりぎりだったので正弘がすぐチケットを買ってしまい、後日都内で会うことにしてそのまま乗り場で別れた。
 十時発のリムジンで一時間半後に新宿着。荷物が重いのでタクシーを奮発した。懐かしい街並み、紅葉が新鮮、と思うと同時に、美琴は日本にいることに全く違和感がなく、昨日まで新宿に通っていたような錯覚に陥る。少なくとも一週間くらいの旅行から帰った気分だ。
 以前いた親族の家に一旦落ち着き、翌日は美容院や買い物に行く。ゼリアの友人水倉さんに無事帰国の電話を入れる。五百円テレカで二分位話せた。
 次の日には体内時計が完全に日本時間になり朝ちゃんと目覚められた。日本にいるというだけで、美琴は色々なことがどうでもよくなってきた。先日まで隣に人がいるのが当たり前だったというのに、今欠落感のようなものはまったくない。友達とスーパー銭湯に行ってゼリアの垢をすべて流し、帰りに吉祥寺の串焼き屋で飲んで土産話と憂さ晴らしをした。
 
 帰国して三日後、美琴と正弘は今後の話し合いのため表参道で三時に待ち合わせた。
 美琴は二十分も前についていたのだが、千代田線と銀座線が交差する駅は改札が複数あってわかりづらく、案の定すれ違ったようだ。携帯電話のない時代、やむなく美琴が駅構内呼び出し放送をしてもらいやっと会える。すでに三時四十分。美琴は会いたくない相手とは意図せずともすれ違う経験があったので、自分たちを暗示するようだと思った。
 その日正弘はツイードのジャケットに黄色いポロのセーター、ピンクのストライプのシャツにダボダボの茶色のコットンパンツを合わせていた。美琴はグレーのハーフコートに襟なしの白のブラウスで紺のスーツ、エルメスのスカーフ、黒のフラットパンプスだった。
 優柔不断な正弘を思って美琴は表参道のフレンチレストランFLOを調べてきたのだが、当の正弘はおなかが空いていないからお茶にしようという。仕方ないのでついて歩くこと三十分、結局FLOに戻りディナーに切り替える。
 テーブルに案内されやっと座ることができた。正弘を見るとまた目立つ時計をしている。正弘は時計マニアでラガでもスケルトンやらスポーツ用のスウォッチやらピンクゴールドを使っているのやら、いかにも高価そうな自慢の腕時計をとっかえひっかえ使っていた。なのでちょっとアピールしたいのだろうと思って美琴は話題にしてみた。
 「あら、おニューのスウォッチ?」
 「家にあった安ものさ。四千円くらいの。キリコの絵なんだって」
 「へえ、あなたキリコ好きだったの?」(アートに関心ないこの人がキリコなんてよく知ってたなあ)
 「ユーミンがこれしてるんだって。だから買ったの」(なるほど好きなのはユーミンのほうか)
 「ユーミン好きなの?」
 「ユーミンは好きだね」(ユーミンかけてるの聞いたことないんだが)
 「その世代はユーミン好きよね」
 まあ、彼の好き嫌いは人から評価されているかどうか、であって本人の意思は特にないのだろうことくらい、これまでのつきあいで美琴にもわかっていた。

 パリで食べたような魚介の盛り合わせのオードブルとワインを注文。そしてなんだかんだいっても結局は食べられそうだ、とコース料理も頼む。食べ過ぎだが肝心の話がまだだ。
 店を出て飲みに行こう、ということになり、またしても表参道から明治通り、青山通りに戻って骨董通り界隈をぐるぐる歩き回る。食べ過ぎたので腹ごなしにはいいが、私が迷ったら文句を言うのだろうな、と美琴は思う。青山通りをちょっと入ったところの店に入り、ようやく本題に入る。

 「やっぱ、合わないよな」再び会話はここからスタートした。(だから離婚しようってことになったんでしょうが)
 美琴はてっきり離婚届用紙と現金をポンと出して「これでいいかな」から始まってさっさと終わると思っていたのに、これでは離婚すごろく振り出しに戻る、だ。
 「親が帰ってこいって言ったんでしょ?」
 はあ?アフリカで私が「別れましょう」と何度も話したのに。
 「私が別れる、と言ったから、帰ってきてもいいとは言ったわよ。そりゃあね。そもそもこれは私たち当事者の問題であって親関係ないでしょう」
 妻の親が言うから仕方ない、ぼくちんが悪いんじゃないもんね、とでも言うつもりか?
 美琴は自分の意思で決めたことだが、そういえばこの男は自分の意思で決められないんだった。責任を持ちたくないから。

 そりゃあもう仕方ないでしょう。私が我慢してあなたが幸せならいいけど、そうじゃないでしょう。一時の体面で一生我慢したくないでしょう。とりあえず持ち直したとしてもまた繰り返すでしょう。と説得するのに三十分を要した。
 そして正弘は今更ながら美琴のここが気にくわなかった、あれが嫌だった、を蒸し返し列挙する。話が一向に先に進まない。

 「私は最初に要望は言うこと、って言ったじゃない」
 「僕は優しいから相手を傷つけちゃいけないと思うと言えなかった」(どこが優しい、だ?散々傷つけだだろうが。言えないなら最後まで言うなよ)
 「私はシカトされてるとしか思えなかった」
 「シカトじゃないんだ、言えなくて自分にこもっちゃうんだ」
 「あなたが気の弱いのはわかったけど、それにしたって生活環境の違う人間が暮らすんだから違うことなんかいっぱいあるし、他人の心なんかわからないんだから、ちゃんと言わなきゃ伝わらないよ」

 もっともっと言い返したいことはたくさんあったのだが、美琴もここはひとつ穏便にと思ってぐっと飲みこんだことが何回あったことか。
 この期に及んでこんな過去のことで言い訳など聞きたくもなかった。むしろ未来のことを考えてほしいものだ。
 
 「この三日間であなたは体の一部が失われたような喪失感を感じた?」
 「正直言ってなかったね」
 「そうでしょう。私も毎日一緒に居た人がいないことに何の喪失感もなかったわ。海外旅行に行って帰ったみたいに、昨日までこの駅に通ってた、そんな感じ」
 「そうなんだよなー」
 「そういう意味では私たちは深く傷つくことなく別れられて良かったと言うべきじゃないの?」
 「君、ほんとすっきりした顔してるもんなー。そんなに僕のこと嫌いだったんだね」
 「あなたのことが嫌いというより、あなたに嫌われている日々が辛かったのよ」
 「しっかしすっきりしてるよなー。ラガにいた時と全然違うよ。今までで一番すっきりしてるよ。失礼だよなー。僕は三日間寝てたのに」(ラガでも毎日寝てたでしょうに)
 「あなただって私がいなくなってすっきりしたでしょうに」