小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
ススキノ レイ
ススキノ レイ
novelistID. 70663
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

メイド女房アフリカ滞在記

INDEX|30ページ/33ページ|

次のページ前のページ
 

 午後、正弘は出発当日にも拘わらず職場に机上の片づけに行った。三時過ぎに水倉夫妻がやってきて、お互い挨拶して手紙を渡したり送別の品を贈りあったりした。
 階段を降りる夫妻に美琴は思わず「いいなあ、仲良しカップルで」とつぶやいしまった。
 正弘が帰宅しやっと荷物を作る。美琴は後からかさばるぬいぐるみなどが増えたので手荷物を何度も開け閉めして入れなおしたりしていたが、正弘はヴィトンのボストンバッグに着替えとぬいぐるみを詰めるだけだった。
 その時になって初めて、美琴は正弘が鍵のかけてあった寝室の戸棚を開け、冬物を出しているのを見た。真新しい衣類があるわあるわ。下着もポロシャツも袋に入ったままのものが詰め込まれていた。いつも同じ服を着ていたのは手持ちがなかったのではなく、単にケチっていただけなんだ、とわかる。妻の自分が何も知らなかったのだから、私は妻じゃあなかったねえ。何しろ鍵かけてますからねえ。使用人を信用しないのはわかるけど、私にも一言も教えてさえくれなかったものねえ、とため息がでる。
 しかし、この時、この家に美琴しかいないのにシャワーを浴びる間にも施錠する正弘を見て、美琴も少々頭の中でプツっと切れるものを感じた。この人はここまで私を信用していなかったのか。つまり本当にメイドと同等にしか思っていないのだ、と腹の底から理解した。
 メイドには賃金を支払うだけまだましだ。私は建前上妻という名称がついた奴隷だ。
 やはり別れなくてはだめだ。
 なにか腹いせをせずにはいられず、美琴は好意で置いていってあげようと思っていた自分のヘンケルの包丁をとってきて布に包んで預ける荷物に押し込んだ。どうせろくに料理しないだろうし、ペティナイフ一つあれば十分でしょう。
 
 荷物を増やしたくないのと、ここでのことを忘れたいのとで、美琴はいらない衣類を全部メイドのエリザベスにあげるつもりだった。彼女なら自分が着なくても誰かにあげたりできるだろう。以前時間を守らないので何かのおまけでもらった安っぽい腕時計をあげたが、防水仕様でなかったため水がかかってすぐ壊れてしまったので、その代わりといっちゃなんだが、靴や衣類を全部あげようと思ったのだ。
 メイドにあげるものの山をみて、正弘は
 「もったいないんじゃない?送ってあげるよ」と言ったが、美琴は
 「もったいないようなものは人にあげたし、もう何もいらないから」と断った。
 しかし今日に限って夕方の出勤時間になってもエリザベスが来ない。勝手口から階下のボーイズクォーターに向かって大声で呼んだのだが、隣のメイドが顔を出し、
 「エリザベスは今美容院に行ってるよ」と答えた。よりによってなんでこのタイミングで。美容院が余程混んでいて待たされたのか。
 もうそろそろ出発しなければならない。最後に一目見たいというより、給料が渡せない。仕方ないので荷物を置いてfor youのメモをつけ、我々はこれからしばらく旅行に出る、と書いておいた。
 ドアを開けたらちょうど隣人の田中氏の後任の小沢さんと同僚の杉本さんがでてきたところだったので、鍵とメイドの給料をお願いする。例によって美琴は知らされなかったことなのだが、どうもこの隣人たちにあらかじめそういうことを頼んであったらしい。
 正弘は妻の荷物など持ってくれないので、見かねたラグビー部出身の若者二人が美琴の荷物を持ってくれた。
 途中で社長宅に寄り、川瀬社長に最後の挨拶をする。川瀬社長は新社長と引継ぎを終えたら正弘がラガに戻るのと入れ違いで帰国するという。したがって今日が顔を合わせる最後なのだ。夫婦ともどもお世話になりました、と言うべきところだが、正弘は最後まで本当の話はしない。二度と会えない川瀬社長に美琴は目だけで謝意を訴えておくしかなかった。
 
 ちなみにこの日はレストラン探しに迷って午前中社長宅の近所も通ったのだが、この住宅街の道の両側は道路と建物の間にまばらに木の生えた草地があり、点々と食べ物の屋台や安っぽい衣類やゆでピーナツの瓶詰などを売る露天商がいる。午前中通った時に正弘が「あ、死体がある」と指さすので見たら、そういった露天の間にTシャツと短パン姿の男性がうつぶせに倒れているのが見えた。
 社長宅を訪問し夕方再びこの道を通った時、彼は全裸であおむけになっていた。
 ここでは死体から衣類をそれも下着まではぎ取る人間がいる。そして誰もその行為を止めないし、その近くで平気で食べ物を作って売っている。朝から通報さえしていないようだった。いずれは警察がきて片付けるのだろうか。日本だったら大事件になりそうなことが日常なのだ。最後にとんでもないものを見てしまった。美琴は心の中でご冥福を祈っておいた。
 
 空港に向かう車内で正弘は
 「川瀬社長はいい人だよな」と突然言い出すので、美琴も
 「昨日の四ツ木さんもいい人よね」と答えると
 「みんないい人なんだよ。ぼく以外は」と厭味ったらしくつぶやいていた。
 まあ、確かに、アンタ以外の人はみんないい人に見えますよ、実際、と美琴も内心は思った。
 空港に到着する。施設内は冷房が入っておらず外より蒸し暑かった。チェックイン後、同じ税関屋を使う他の日本人グループを案内することになっており、しばらく彼らの到着を待つ。同じ機に搭乗する若い日本人女性がいたので声をかけたところ旅行者とのこと。日本からここへの観光客は三年に一度くらいしかいない。友人がいるのではるばる来たらしいが滞在五日にしてすっかり嫌になってしまったと言う。見送りに来ていた友人の若いゼリア人男性は日本語堪能で、彼は「ダッシュは良くないよ。余計な金を払うことない。いけないことだよ」と至極まっとうなことを言う。こういうゼリア人もいるなら、この国も救いがあるかもしれない。
 彼女が心細そうなので出発まで一緒に行動することにした。荷物検査も無事通過。美琴は英語がわからない、と突っぱねたが、正弘はしつこくダッシュをねだられていた。
 ビジネスのラウンジに彼女も入れるかもしれない、と連れて行ったのだが、係のオバサンはエコノミーの人は十ドル払え、と言う。正弘は
 「いーじゃん、それくらい、ねっ」と何とかタダにしようとネゴ(交渉)するが、オバサンも負けない。正弘もしつこく
 「ほら、ドル持ってないよ。トラベラーズチェックの百ドルきりだ。じゃあ円はどうだい?十ドルは百円だよ」と百円玉を出すが、オバサンは騙されない。ついにオバサンの肩を叩いてウインクして見せたりする。これではネゴではなくごねているだけだ。それを傍で見ていた美琴は他人のふりをしたくなった。夫がどうしてそういうずうずうしいことが平気でできるのか、理解に苦しむ。普段の姿からは想像もつかない営業用態度だが、十ドルくらい出してやればいいのに、と思う。