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ススキノ レイ
ススキノ レイ
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メイド女房アフリカ滞在記

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 広々としたリビングダイニングだけでも四人家族が住む郊外の3LDKのマンションくらいある。気負わない仲人夫人の、駅前の魚屋が新鮮でおいしいのよ、という手巻きずしをごちそうになる。本部長氏が長時間のフライトではいつもペーパーバックを一冊読み終わってしまう、最近読んだのが「アノジャーノンに花束を」だったという話題になり、翻訳を読んでいた美琴と話が合い盛り上がった。かなり有名な作品だと思うが正弘は全く本を読まないようだった。
 
 披露宴ではお色直しの衣装替えのような無駄な時間を省いたので、美琴は出された料理は残さず食べることができた。花嫁は普通ほとんど食べないものらしいが、客に出す料理を味見しなくてどうする、という考えをお互いに持っていたので、正弘は美琴が食事を楽しむことを奨励し、自分も食事に満足しそれなりに幸せそうだった。正弘の父は「このまま独身で赴任するしかないと思っていたところ、最後に一発逆転ホームランで結婚できました」とスピーチし、周囲から温かい拍手が送られる。義妹は振袖をなびかせて招待客の間を駆けまわっていた。
 披露宴の後、近くのホテルで一泊し初夜を迎えた。
 美琴としては記憶にとどめるほどの印象がなさすぎてよく覚えていない。逆にインパクトがありすぎて記憶したくなかったのかもしれない。
 ちょこちょこっと乳首をいじられすぐ挿入された気がする。初めて正弘の性器を目にしてちょっと驚いた。これで、挿入可能なのか、まあ、痛くないからいいか。あ、終わったのね。愛の言葉もない事務的な行為。射精した彼がコンドームごと局部を押さえバスルームに駆け込む。これではまるで家畜の種付けではないか、と美琴は信じられない思いだった。これまで一度も性的な接触をしてこなかったのが頷けた。
 この年で美琴も処女ではないが、正弘とて女性経験がないとは思えない手慣れた様子ではあった。にしてもあれは相当コンプレックスになっているのでは、と思うと気の毒で何も言えなかったが、結婚するにあたって謀られた気がしなくもない。この現実を彼の家族は何も知らないのだろう。ババ抜きでうっかりババを引いてしまったということか。そしてこの時を境に、正弘の態度は一変したのだった。
 翌朝生理が始まってしまい、美琴はますますブルーな気分になった。



<2.パリにて>


 エールフランス機内では日本時間で午後十一時ごろに夕食がでた。
 鴨のソテーにマッシュドポテトやブロッコリーの付け合わせ。シャンパンやキャビアにケーキもつくが生理痛が辛い美琴は食べる気になれない。ブランドが気になる正弘がコーヒーカップまで裏返して見ている。「一応リモージュ焼きだよ」そうですか、さすがエアフラのビジネスですね、と美琴は心の中でつぶやいた。後はひたすら眠っていた。
 
 成田を発って十二時間半。パリのシャルルドゴールに到着する。現地時間午後八時くらいだろうか。
 イミグレーションの書類で渡航目的の欄が、乗り換えでも観光でもなく「joining husband」となっているのを見て美琴は小さなショックを覚えた。私はあくまでも夫の付属物でしかないのか。結婚によって失ったものは家族や姓や仕事や人間関係だけでなく、私という人格そのものなのかもしれない、という予感が鋭い雷光のように美琴の身を貫いた気がした。
 パリ市内へ移動後サンラザールのホテルにチェックインし、夕食を取りにでかけた。時間も21時過ぎなので近くにあった日本のラーメン店で済ませたが、美琴としてはパリまで来てよりによってラーメンか、と思わぬでもなかった。
 
 翌日ルーブル付近のホテルに移動。観光がてらルーヴルから凱旋門まで片道約三キロを歩いて往復した。遅い昼食後、美琴はさすがに体がもたずベッドで休みたいから、とホテルに戻り、正弘は一人でルーブル美術館へ行く、と出かけて行った。
 大学時代は体育会で柔道をやっていたという正弘は体力だけはあるようで、どれだけ歩き回っても疲れないらしい。それでも夕方一旦ホテルに戻るとさすがにベッドに転がりそのまま寝ていたようだ。
 夜の九時頃、起きだして夕食を取るため一緒に外に出て、チェーンのムール貝専門店に行った。ワイン蒸しのムール貝が小さなバケツに入って供される。意外とおいしく、お替りまでしてしまった。食べている限りは正弘は機嫌がよい。
 翌日、郊外へ行ってみようということになり、サンラザール駅まで歩く。
 ベルサイユ行きの切符を買い、乗り場がわからずあれこれ聞いてさらに迷う。どうも直通と乗り換えの説明をしてくれたらしいが美琴が区民講座でかじった程度のフランス語では理解できず往生した。それでもなんとか電車に乗り、無事乗り換え、三十分程でベルサイユ駅へ到着する。
 パリを離れると心なしか空気もきれいである。一般向け見学コースを一通り巡り、バカラのグラスが展示してあるのを見て食器好きの正弘は興味をひかれていた。
 「これいいね。へえバカラっていうんだ」ブランド好きの正弘がバカラを知らなかったとは意外だった。
 庭園にでると天気も良く緑が美しい。初夜以降全く接触がないので、美琴から手をつないでみようとしたが、いかにもうっとうしそうにされ、気が削がれた。触るのも嫌ならどうして結婚したがったのか不思議で仕方がない。
 ベルサイユで昼食をとり、パリに戻るがまだ三時だったので、ガイドブックに載っていたバカラ美術館を目指すことにした。メトロに乗り北駅で降りたが、結局歩き回れど行きつけず諦める。正弘はデパートに行きたいと言うので、興味のない美琴はここで各自別行動を提案し、解散した。
 美琴はパリには以前旅行で2回来ている。一人になってパリを歩くと以前旅した時のことが思い出され心が浮き立つ。鳥かごから飛び出した小鳥の気分だ。単に体調の問題ではなく、正弘と行動を共にしていたことから来る気疲れだったのだろう。
 美琴はパリに行ったら翻訳で読んでいたアゴタ・クリストフの「悪童日記」の原書を探してみたいと思っていた。移民だった作者がフランス語の現在形だけで書いたという作品なので入門仏語をかじっていた美琴も少しは読めるかもしれないと思ったのだ。本屋を何軒か回り、ようやく「悪童日記三部作」が一冊にまとまったものならある、という店に行きついた。かなり分厚い本を店主が出してくる。これしかないようなので奮発して買ってしまった。最初のページしか読めなかったのだが。
 
 新婚旅行なのに単独行動した時間が一番楽しいとは皮肉なものであるが、それぞれ自分好みの観光を終えホテルに戻ったので二人ともそこそこ気分はよくなっていた。
 夕食は気合をいれて街角でよく見かける、氷の山に貝類が乗っているシーフード料理を食べに出かける。この料理は「フリュイ・ド・メール」(海の果物)という名前らしい。牡蠣はもちろん、海老やホタテも乗っており、大きいタニシのような貝が意外と美味だった。 
 ワインの酔いもあり前回のムール貝店へはしごしてしまい、さすがに満腹になる。