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ススキノ レイ
ススキノ レイ
novelistID. 70663
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メイド女房アフリカ滞在記

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 「紙だけちょろっと処理して済まそうっていうのは筋違いよ」
と憤慨していた。
 「同棲していたんじゃないんだから。専業主婦やめてこれから仕事探すのだって生活費は必要よ。何かしらのお金を受け取るべきよ。二百万位もらいなさい」
 確かにしかるべき話し合いはすべきである。本当は両親にも事情を説明すべきである。折り合いがつかなければ家裁というものもある。訴訟だのはうっとおしいが、彼は世の中を、人の人生というものを、なめくさっている。
 エルディオ京子さんはかつてドイツ留学中に同じくゼリアから留学していたご主人と知り合い、結婚したそうだ。そして日本に両親を残してゼリアに嫁ぎ、この国で日本人相手に旅行業を営んで暮らしてきたと言うタフな女性だ。四十代くらいだろう。日本人会の女性たちのゴッドマザーというか女将さん的な存在になっている。子供はいない。彼女のご主人は子供を望んだそうだが、彼女は黒人と日本人のハーフなど差別され苦労するだけだ、と子供を持つことを拒否したらしい。美琴は今だったらそんなこともないのでは、と思ったが、彼女が結婚した当時はまだまだ日本人のグローバル意識は低く料簡の狭い大人たちが多かったのだろう。当然京子さんの新潟の実家からは反対されたそうで、駆け落ち同然でこの地に暮らしているということだった。
 
 彼女の夫婦愛エピソードも聞いた。かつて強盗に襲われたことがあったという。(強盗はこの国ではよくあることらしい。丸菱の石田さんも夜間二階で寝入っている時に階下を物色されたという。犯人と鉢合わせせずに済み、命拾いしたという)
 エルディオさん夫妻は数人の強盗に踏み込まれ、ナイフを振りかざした犯人によくわからない現地語で脅され、金を巻き上げられた。さらに犯人は夫の耳を切り落とせ、というようなことを言っているのが京子さんにも辛うじてわかり、「お願いだから、この人を傷つけないで」とおのが身を投げ出して夫に覆いかぶさり、守ろうとしたと言う。それでなんとか金を奪われるだけで済んだらしい。
 「怖かったけどその時はもう無我夢中で。愛するものを守りたいという気持ちが恐怖心を上回ったのよ」
エルディオさんは結んだ。

 
 美琴が日本に帰ってから、本で調べたりした結果わかったのだが、セックスレスは「婚姻を継続しがたい重大な事由」に相当するのではないのか。
 何が性格の不一致は慰謝料は発生しないだ。バツイチ三浦さんにそう言われたのだろうが、正弘が正直にセックスレスの話をしたとは思えない。言ったとしても妻のほうが拒否した、とすり替えかねない。
 フランスでは正当な理由なしに夫婦がセックスを拒否し続けたら一定の期間で慰謝料が請求できる法律があるらしい。性格の不一致が即ち性の不一致だという。
 こういうことを、その当時、美琴は異国にいてインターネットどころか図書館で調べることすらできなかったのだ。
 日本にいたのなら「法律相談室」のようなものもあっただろうが、国産電話で弁護士に質問するわけにもいなかい美琴は情に訴える以外何もできなかった。後から思うと本当にばかばかしい。
 
 来週の火曜の便が取れるなら、帰国まであとほぼ一週間だ。正弘は「二人で食べてもうまくないでしょ」と昼も夜も飯はいらないというので、美琴は遠慮なく友人たちに声をかけ会食することにした。
 こうして美琴の帰国を前に、友人たちと送別会を兼ねた会食が増えていった。
 大使館の竹田さんおすすめのレバノン料理の店でランチした。ジャガイモにハーブがふんだんにまぶされソテーされたポテトハラはガーリックがきいていておいしい。酸味のあるガーリックソースのかかったチキンウイングも串焼きした肉にペースト状の調味料を添えたサテもとてもおいしかった。
 解散後は水倉さんと青山さんを誘い美琴の家でお茶をする。
 夕刻メイドが来たのでとりあえず夕食を作る。六時前に正弘が帰宅した。
 「夕食外いくんでしょう。一応作ってはあるけど」
 返事もせず着替えて出ていくので美琴が「行ってらっしゃい」と声をかけたら「鍵は持っていきますから」とだけ言い捨て出て行った。
 九時過ぎに正弘は帰宅し、何も言わないので通りがかりに美琴は「おかえりなさい」と言ってやると、蚊の鳴くような声で「ただいま」と答えた。
 美琴の三十七度越えの微熱はまだ続いている。
 
 
 
 <21.帰国へむけて>
 
 
 火曜日、朝少し話し合いをする。午前中婦人会の作業、昼は水倉さんご夫妻にハンバーガーランチをごちそうになった。マックのようなファストフードではなく、今では日本でも珍しくないフレッシュネスバーガーのように、皿にバンズと具材が乗っていて自分で重ねる方式だ。相当ボリュームがある。水倉夫妻は仲良しで美琴は初対面の人当たりの良いご主人とも気さくに話すことができ楽しかった。午後は美琴の家で洋子さんとお茶を飲んだ。
 夕刻メイドが来たが美琴は料理しないから、と彼女を帰した。正弘が出かけてから作ればいいと思ったのだ。ところが六時半ごろ帰宅した彼は
 「台所借りていい?」と聞く。
 ケーキを作っていた美琴は手を止め
 「食べてないの?食べてきたのかと思った」
 「いや遅かったんで」
 「何か作ろうか?」
 「いいよ」
 「私もまだだからごはん位炊こうか?」
 「じゃどっか食べ行くか」
 「私と食べてもおいしくないんでしょ?
 でも結局外食することになった。誰かにきいたメキシカンレストランは見つからず毎度のゼリア料理店に行った。腹がくちくなると正弘のご機嫌もよさそうだ。ゼリア料理が辛くておなかを壊した、という数少ない共通体験があるからなのか?
 
 翌朝美琴が「今日も夕食いらないの?」と問いかけたところ
 「今日は家で食べる。昼は麺類でいい」
ときた。あたりまえのように。
 あれだけ、自分でできる、とか、二人で食べてもうまくない、とか言っておいて、臆面もなく、よく言えるものだ。
 それにしても私も甘いなあ、と美琴は思う。
 
 昼に少し話をする。いよいよ期限が迫っているので正弘も話に加わらないわけにいかない。それにしても、自分が何を望んでいるのか何もわからないらしい。
 幸せって何だろう?愛って何?と言われ、美琴は三十五にもなって今まで何も考えてこなかったのか、と肩透かしを食った気分だった。なんておめでたい男なんだ。
 午後は体調不良でまもなく帰国する丸菱の田川さんの家に、ユネスコの青山さんと伺い、また処分する荷物をもらってきた。