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ススキノ レイ
ススキノ レイ
novelistID. 70663
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メイド女房アフリカ滞在記

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 自分で勝手に食べられるなら夕食も放棄したいところだったが、美琴自身も食べるので一応豚の生姜焼きとほうれん草の胡麻和え、なめこの味噌汁を作った。いらないと言われると思いきや、あれだけ落ち込んで無視していた正弘は、食卓に着くとお替りまでして食べていた。彼の神経がよくわからない。とはいえ寝るまでの数時間、また石のような沈黙が続きジェットコースターの最初の登りのような、飛行機の離陸時のような圧力が部屋中の空気にかかっている。肺が押しつぶされて息をするのも苦しい気がする。
 
 翌日の日曜、もう美琴は一切手を出すのをやめた。正弘は勝手に起きて勝手に食事していたようだ。昼も勝手に自分の分だけ作って食べ、片付けはしない。
 さっさと航空券を手配してもらいたいものだ。
 
 別れたい理由と別れたくない理由を話し合うべきなのだが、今、一切のコミュニケーションが不可という状態なので想像するしかない。
 美琴が想定する正弘が別れたい理由
 ・自分の思い通りに行かない女だった
 ・触れたくない問題を蒸し返し機嫌をとってみても一筋縄にいかない
 ・飯ぐらいボクだって一人でできるもん
 美琴が想定する正弘が別れたくない理由
 ・早々に別れるなんて周囲の目が気になる。きっと馬鹿にされる、という恐怖感
 ・飯を作ってくれ、夫婦同伴で出かける場面では妻が必要
 ・なによりも、これまで着々とコレクションして自分好みの「結婚生活」を組み立ててきたのに妻という重要なパーツを失うことになるくやしさ
 ・これまでに投資してきたことがおじゃんになる経済的損失
 
 美琴にとっての別れたい理由
 ・我々はお互い愛していない
 ・愛どころか情欲さえもない
 ・妻としての経済的権利を認められていない。これではメイドと同じだ
 別れたくない理由
 ・ここでの生活はそれなりに面白いし友だちと別れるのは残念
 ・専業主婦はそこそこ性に合ってる
 ・かわいい態度にさえでれば、わずかながらでも夫を愛おしいと思う部分もある
 
 ではお互いが相手から得られるものはなんだろう、と美琴は考えてみた。
 正弘から得られるもの、として考えると、外国を旅行するノウハウ、スポーツを教えてもらう、高価なものを買ってもらう、あたりか?航空時刻表の読み方は教わったが、彼は人に何かを与えるようは人間ではなかった。もちろん愛も。
 彼が美琴から得るものは?食事を作って提供してくれる、面倒くさい買い物をしてくれる、何事も夫婦同伴の地において隣に連れ歩く妻がいるという見栄を張れるメリット、それ以外私ごときから何かを、その肉体さえも得ようなんて考えもしていないだろう、と美琴は確信している。
 商社マンは要するに商人だから儲けてなんぼなのだろう。せっかく結婚したんだし、という言い方は投資に見合った収益がないのは耐えられないから元をとれるまで引っ張りたいということだろうか?こんなものだらだら引っ張ったら逆に自分が損する場合もあるってことぐらいわからないのだろうか。
 つまるところ、お互い得るものはないに等しい。そもそもアプローチの方法が見つからない。当たり前だ。愛情というパイプがつながっていない。惚れあったものが冷めたというなら、昔のように、と体を重ねて仲直りするかもしれないが、最初からそれがない。抱き合って仲直りはあり得ない。
 
 午後二時ごろ黙って家を出て言った正弘はゴルフに行ったらしい。完全無視の家庭内別居。正弘は美琴のラジカセを自分の部屋で使っていたが、いつの間にか美琴の荷物部屋に突っ込んでいた。もともとお互いの私物は完全に区別して暮らしていたが、ラジカセなど美琴的にはどうでもよかった。
 夕刻、一応美琴は食事を作ったが、なんでこう律義なことをしてしまうのか、自分でもあきれてしまう。どうせ彼は角倉の人たちと食べるのだろう。彼らはおそらく社交辞令として奥さんにも声をかけたら、と言うだろう。男所帯の角倉商事ラガ支社では美琴が紅一点なのだから、社内食事会では夫婦同伴で、と声をかけるに違いない。でも正弘はおそらく妻は友達のところだとかなんとかいって一人で参加するに決まっている。もちろん電話一本寄越さずに。
 今、お互いは存在しない空気のように透明なものになっている。年月を経た夫婦生活で空気のような当たり前の存在になる、というのとは違う。文字通り空気のようなもので、存在していても、認識できずすり抜けてしまうのだ。彼は私と話すのが亡霊と話すようで怖いのだろう。
 
 私が今まで食事を作らなかったことなどなかったではないか。
 どんなに拗ねても彼が食べなかったことはなかったではないか。
 彼の勇気一つでまだどうにでもなるものを、彼はどうしてもその一歩が踏み出せないでいる。かといって私が働きかけるのはもう無理だ。考え付く限りのアプローチはもう出尽くした。
 一度歯車がかみ合わなくなった夫婦なんて、というか今まで一度としてかみ合ったことのない我々が、この期に及んで修復可能とも思えない。
 すでに8月、9月頃からこんなに私を避けまくってるのだから、そんなに私が嫌いなら別れてあげると言うのに、それがまた気に入らなくて避けている。別れたくないならそれはむしろ逆でしょうに。
 などとつらつら考えながら美琴は一人で夕食を摂る。
 
 ゴルフに行っていた正弘は七時半過ぎに帰宅した。
 「ご飯は?」
 「どっちでもいいや」
 まさか美琴がご親切様に彼の分も作ってくれているとは思いもしなかったのだろう。
 豚肉とレタスのオイスターソース炒めとタケノコとピーマン、ホタテの卵とじスープを一応残しておいたので器にとって温めなおし、足りなそうだからさらに冷凍餃子まで焼いてやる。
 「いつ戻るかわからなかったから少ししか作らなかったわよ」
 「本当?」
 何が本当なんだろうか、量がどれだけか見ればわかるだろう。私がたらふく食べた残り物だと言いたいのか?
 ごちそうさま、というから下げようと美琴がお盆を持ってきたが
 「自分で洗うからいい」と言う。
 私に恩着せられたくないのだろうな、と美琴は思う。
 「何曜日の便が取れたんですか?」
 「火曜の便にしよう。ぼくも一緒に帰りますから」
 「あら、帰るの?」
 「離婚届だしたらすぐ戻りますから」
 「あ、そう」
 なるほど、そういう展開になりましたか。
 美琴にはびた一文、留守宅手当すら出さないらしい。
 
 離婚とは、かくも女にばかり不利なものだ。美琴は結婚するために、ボーナスも退職金も捨てて仕事を辞め、アフリカに移住するため失業保険も諦めた。戸籍やパスポートや住民票以外にも保険や年金、銀行口座からクレジットカードまで、また面倒な名義変更手続きもしなければならない。夫婦別性だったらよかったのに。そして職探しも、である。そういうことを、男は全くしなくていいのだ。
 しかもこの男は妻がこれからどれだけ大変か、思いやるという発想すらない。自分が投資した金を回収したいだけの金銭欲の塊だ。
 
 
 
 <20.婚姻を継続しがたい重大な事由>
 
 
 先日、エルディオさんの家でお茶会をした時、美琴の事情を知ったエルディオさんは