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ススキノ レイ
ススキノ レイ
novelistID. 70663
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メイド女房アフリカ滞在記

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 「私の顔は元通りになったのよね?だってあなた私の外見だけが好きだったじゃないの。あなたにとって私のとりえって顔だけだったでしょう。その顔が醜くなってしまったら、あなたは私を捨てるに違いないもの。それにあなたが自分のせいでこうなったと知っていて、毎日私の醜い顔を見ていたら、あなたにとってこんなに苦しいことはないでしょう?でもちゃんと治っているのね。よかったわ」
 夫の顔が引きつり歪んでいるのが妻には見えない。
 冬が近づき日よけの帽子は不要になり、妻のたっての願いで外出するため夫は大判のスカーフを妻の頭に巻き付け外に出る。街中のレストラン。妻は唐突にスカーフを引きむしる。客たちが息をのみ、目を逸らす。
 「こんなもの邪魔だわ。屋内だし。私の美しい顔が見えないもの」
 夫は食べ物が喉を通らない。妻は淡々と食べ続け、客たちは早々に席を立つ。
 夫は耐えられず、立ち上がる。
 「あらどうしたの?私が食事を終えるまで立たないでよ。失礼だわ」
 「しかし」
 「何がしかし、なの?私の顔がどうかしたの?あなたは問題ないって言ってたでしょう」
 夫は目の前がくらくらしている。
 「いや、君は本当は…」
 貧血を起こしそうになり彼は椅子に身を沈める。妻は夫に顔を寄せ、耳元にささやく。
 「本当は何?本当はとても醜いのね。知ってるわ。何もかも。でもあなたは醜くなった私を一生愛し続ける義務があるのよ」
 妻の言葉に衝撃を受け、彼女の言葉が耳に残りながらも夫は気が遠くなる。
 「あなたは美しかった私と同様、醜くなった私も愛さなければいけないのよ。だって同じ私なんですもの」妻の言葉は延々と続いて… 
 
 なあんてね。ああ、もう精神状態が危ない。

 後日、正弘は美琴が落ち込むのは嫌味だと言うのだった。甘えたことをしていいのは自分だけだと思っているらしい。余計な同情もいらないそうだ。だったら可哀そうなボクを演じるのもいい加減やめて、妻の今後を心配するくらいの度量を見せて欲しいものだ、と美琴は思うのだが、そんな余力はないらしい。
 問題に立ち向かう勇気もなく逃げてばかりいる夫に本当に絶望してきた美琴は、あり得ないとはいえ、万が一子供ができても産む気がしない、と確信する。躊躇なく堕胎するだろう。この婚姻が性の対象でもかまわなかった。それすら厭う以上、美琴の存在は無用だ。このまま追い込まれたらいつか自分は「あなたが私を解放しないなら私は生きることから解放されてやる」と喉に包丁を当てて脅すかもしれない。あと一歩で精神を病みそうだと危機感が募る。
 
 
 
 <18.始動>
 
 
 十一月になった。朝一で正弘が
 「僕は月末休暇ですから」とのたまう。もちろん美琴は本人からは何も知らされていないが、他人からの事前情報としては察知していた。正式に決定した、ということだろう。
 「そうですか。それはよかったですね」
 「君はどうする?」
 「私は日本に帰国させていただきたいです。もちろん、それに勝る解決策があれば話もしますし努力もしますけど」
 「…」
 正弘は結局黙り込むだけで、ただの一度も美琴を引き止めはしていない。
 好きだから行かないで欲しい、一人にしないでくれ、君が必要だ、別れないで欲しい、とは言われなかった。プライドなのか?下手に出たくないだけなのか?
 せっかく結婚したんだから。寂しいじゃないか。それだけだった。
 結婚するのにかかった費用がもったいない、飼っているペットがいなくなるのはなんとなく寂しい、というだけなのだろう。
 美琴のことを好きか嫌いか、と聞いても簡単には答えられないそうだ。
 好きでも嫌いでもない、無関心ということだろうか?ならそれはそれで他の誰かでも代替えがきくという話だ。好きじゃなければ別れは辛くないはずだ。こんな思いをして無理して結婚している必要は全くない。
 
 正弘が出勤した後、最近は昼食に戻ることもなくなったので、美琴は友人宅を訪れ一緒に昼食をとり、午後は自宅に招いたりした。
 夕食の後、もちろん正弘はまだ拗ねまくっていたが、ようやく美琴のパスポートを渡して寄越した。そうなのだ、これがなければ、国外脱出は叶わないのだ。これまで安全のため、と会社の金庫に保管していたようだ。パスポートを質に取られていたら軟禁されたも同然だ。だから美琴はどうすることもできなかったのだ。とりあえずパスポートを持っていれば、万が一正弘がごねて休暇をキャンセルとか、行先を日本にしない場合もなんとかなる。パスポートさえあれば、航空券を買ってこの国から脱出することが可能だ。
 そして正弘は夜九時ごろ一言も言わずふらっと外に出て言った。
「あら、おでかけですか?」と美琴は聞いたが無視されたので追ってドアをあけ、
「ちょっと、何か言ったら?カギ閉めちゃうよ」と言っても振り返りもしなかった。
 まるでヤンキー中学生みたいだ。あまりにも腹が立ったので、美琴はあえてドアチェーンをかけておいた。そもそも治安の悪い土地なのだし、ドアチャイムを鳴らせばいいのだから。どうせ遅いのだろうと思ったが、意外に一時間ほどで戻りガチャガチャやっているので、「あー、今あけるから」と言ったがチェーン外す前にドアを開けて、チェーンをみてショックだったようだ。部屋にこもってソファで寝ていた。

 翌朝美琴が起こしても返事なし。沈黙の朝食。
 「お昼は戻るのかしら?」
 「昼はいいや」
 「だったら今日買い物行くからお金ください。少しでもいいです」
 千五百リアほど寄越した。正弘の財布には常に五千リアくらいは入っている。
 
 ちなみに、百リアが約五百円、というのはあくまでもオフィシャルの相場であり、美琴も今までこれを信じていたのだが、他の人から闇両替の存在を聞いた。一米ドル約百円の時代である。リアがそんなに高いはずがないのだ。闇では百リア百円らしい。つまりオフィシャルでは五百円だして百リアが手に入るのだが、実際は百円だせば百リアが手に入っているのだ。
 正弘ももちろん闇で両替をしている。が、美琴にはオフィシャルの相場しか教えず、自分たちの生活費をいつもオフィシャル換算していた。
 美琴に「ほら、これだけ費用が掛かっているんだ」とケチる理由を示すためなのか?他の人たちは外食などでは闇換算していたのだが、正弘は美琴の前では一度の外食が九百リアだった場合、「このディナーは四千五百円だよ、けっこう高いね」と恩着せがましく言うのだった。実質千円もしないのに。
 いったい何のためにそんな面倒なことをするのだろうか。妻に節約を求めるなら毎月まとめた額を寄越してやりくりさせた方が余程合理的なのに。美琴に「まあこんな高いものをありがとう」とでも言わせたかったのだろうか?
 金を受け取るついでに
「フライトは?」と聞かれたので
「日曜発がとれれば」と美琴は答えた。
「日曜は無理だろう」
「じゃ来週の平日何時でも」
正弘は無言で出ていく。
 態度はともかく、美琴としてはこれでようやく日本への帰国が具体的に動き出した。このくそばかばかしい関係にも今月で終止符が打てると思えば、希望の光も見えてきたというものだ。