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ススキノ レイ
ススキノ レイ
novelistID. 70663
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メイド女房アフリカ滞在記

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 「それあるかも。恋愛経験聞いたことないけど、女性とまともに付き合ったことないような感じがする」
 「じゃあ女性とどう接していいかわからないのかも」
 「いやあ、どうだろう。妹とは仲良くてブランドもの詳しいし、何かにつけて『妹は、妹は』って比較されるんだけど。むしろシスコン?ていうかマザコンでもあると思うけど」
 「男の人ってみんなマザコンよね。彼はどんな感じ?」
 「うーん、例えばさ、小学校とかで体操着いれる袋とか親が作った巾着袋みたいの使うじゃない。亭主はあれをいくつも持ってて、旅行の着替えとか入れてるのよね」
 「え、子供の時の?」
 「いやいや、新しく作ってくれてるみたいよ。義母はお裁縫も得意なのよね。ほら、このエプロンとかも」
 「あら素敵。えー、でも大人になってもそういう袋って使う?うちのなんかあたしも作ってあげないしスーパーの袋とかに入れてるんだけど」
 「普通そうじゃないの?」
 「なんなのかしらねえ」
 「とにかく私のことが気にくわないんじゃないの」
 「だって結婚したんだし」
 「でも髪を勝手に切ったとか眼鏡のフレームが気にくわないとか言われたことはあるし、そもそもさ、私車乗るとき助手席に座ったことないのよね。現地人が座るから汚いから、とか言われてさ。隣にいるのが嫌なんじゃないの」美琴が言うと
 「えー、うちなんか汚くてもなんでも隣にしか座らせないんだけど」
 「普通奥さんって助手席よね。後部座席ってことはお客さん扱いしてるんじゃない?」
 「私がマダムで、夫が運転手?それならわかるけどさ、彼にはむしろ私が女中みたいよ」
 
 結局誰もが謎としか言いようがない、という結論に達してしまう。
 
 
 その後、婦人会の総会というものに出席した。議題はどこそこの治安のよくないエリアを通った先にある孤児院を訪問したいが行ってくれる人はいるだろうか。というようなことだった。なんでも日本の婦人会からバザーの収益を寄付しているとかで、一度お礼をしたいので訪問して欲しいという要請があったらしい。
 「治安もよくないので無理にとは言いません。大使夫人か公使夫人が行かれますが行ってみたいという方がいらっしゃれば、とお声がけしました」
 隣の女性は小声で「そんな場所行けないわよね」とささやくが、美琴はいっそ行ってみたいと思ったくらいだった。私がどうにかなったらあの男は夫として責任を感じるんだろうか?
 「次の議題はインド大使館からお招きいただいている件です。なんでも、インド舞踊を見せてくださるそうで、こちらからも何か手土産に出し物を用意したいということで、いいアイデアはありませんか?」
 「着物で行くのはどうでしょう?」
 「あら、着物までは持ってきていませんわ」
 「そうですね、着物は大使館の人以外は持ってきていませんよね」
 「だったら、風呂敷包みのバリエーションを実演してみせるのはどうですか」
 「それいいですね、皆さん風呂敷はお持ちかしら、持っている方があれは、次回の時にお貸しいただきたいのですが」
 そんなような話し合いが行われた。
 
 帰宅後、美琴は夫に婦人会での話を伝え、孤児院訪問に行ってもいいのだが、というと「そんな危険なエリアに行くことない」と即座に否定された。いっそ気にくわない妻ならどうでもいいんじゃないかと思うが、これは美琴を大事に思っているというより使い勝手のいい自分の所有物を危険にさらして損ないたくない、というだけではないか、と勘繰ってしまう。
 夕食後、この際だからちょっと話をしてみた。
 「私たちは一緒にいる意味ある?」
 途端に正弘は固まって、夜は会社の人のところに行ってしまった。
 美琴はもう無理だな、と思う。何度も延期された最初の休暇は初めのうちこそアイルランドに行こう、と計画を練っていたが、日本に帰国するしかない、と宣言しよう。
 
 
 停電が落ち着き、電話番号もファイナルナンバーだと言われたのを最後に、不通がなくなった。日本の友達とファックスのやり取りもできるようになった。
 日本の友達がファックスの手紙で松谷みよ子の「モモちゃんとアカネちゃん」シリーズの話から「パパは歩く木でママは動かない木だから一緒にいるとどちらも枯れてしまう」というくだりを引用して、別れるのもお互いのためかもしれない、と示唆してくれた。

 そうなのだ、木の種類が違うのだろう。このままではいつか破綻する。こちらが我慢し続けていたらいつか暴発するかもしれない。木が枯れはてるかもしれない。
 
 美琴は想像してみる。
 私がここで頸動脈を掻き切って真っ白な壁一面を朱に染めて自殺したらどうだろう、などと。でもすぐに、腹立たしくて否定した。こんな一年中夏休みの南国で自殺など似つかわしくない。いつ犯罪や事故に巻き込まれるかしれないこんな土地で死はむしろ身近に転がっている。美琴のストレスの対価には釣り合わない。美琴はむしろ怒りに突き動かされて生き抜いてやろうとしているのだから。
 いっそ白い壁にケチャップで「バカヤロー!」と落書きして姿をくらます。手元の金をかき集めて、というかそう、日本の自分の口座にはそれなりに残高はあるのだから、カード払いで航空券を買って帰国してしまうこともできなくはない。婦人会つながりで知り合ったエルディオ京子さんはこの国の人と結婚して、個人的な旅行会社を営んでおり、色々な会社の人たちが航空券手配などを頼んでいる。彼女にアレンジをお願いすればどうにかなるのではないか。と一瞬思ったものの、だめだ。何しろパスポートが手元にない。ラガについた当初に、家に置いておくのは安全ではないから、と正弘に言われ渡してしまっていた。
 仕方ない、最後の手段は、とさらに悪い顔をしながら美琴は考える。この国は金さえ渡せば、偽装強盗でもなんでもやってくれそうだ。強盗に襲われるなんてことがよくあるこの国なのだから。確か前の大使もラガ島で渋滞中に強盗に会い、腕時計を盗られたとかなんとか。しかるべき逃走資金も上乗せしてそこそこの額を渡せば不可能ではないのかも。ここでおかしくなって自殺するより、たとえ後でばれたにせよ刑務所ででも生き延びたほうがまだマシなのでは…いっそ一服、ってそんなもの手に入らないし死因を疑われるか。ではジャンキーなものを食べたいだけ食べさせて成人病一直線、というのは時間がかかりすぎて無意味だし。
 こんな究極の選択を思い浮かべるなんて、かなり危険な精神状態に陥っているな、と美琴は思う。
 ちなみにこの国の国内線ってのはよく落ちると噂だけれど、それが最も望ましい解決方法だ。憧れの未亡人。なのに夫が出張の時に限って落ちやしない。



<13.宣言>


 仮面夫婦の溝はさらに深く美琴はもう回復の見込みはないと見切りをつけた。
 十月に入って最初の日曜、いよいよ話をつけようと、夫に「お茶を点てるからテーブルについて」と声をかけた。
 お茶大好きだよ、と言っていたからには拒否はしないだろうと思いきや、背を向けて自室に行こうとするので美琴はその背に
 「逃げないで。話があるからそこに座って。お茶好きなんでしょう」
と有無を言わさぬ気迫を込めて言ったので、正弘はしぶしぶ席に着く。