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ススキノ レイ
ススキノ レイ
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メイド女房アフリカ滞在記

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 美琴は後に帰国後、人形付き舟を渋谷のインザルームや下北沢の雑貨屋で見かけた。大き目のものだが六千円で売っているのを見て、邪魔だけどあの時買っておけばよかったかも、と、少し後悔した。
 最後にその島で酋長を真ん中に集まってきた全員と集合写真を撮った。美琴が一番太っていた時期の唯一の写真で、帰国後友達に見せても誰だかわからないと言われた。

 この日夕食はペニンシュラホテルの中華を食べることにしていたのでホテルで正弘たちと合流した。
 ワンタンスープ、野菜炒め、ポークチョップ、鶏の檸檬ソース、揚げ魚のスイートチリソースなどだった。
 こちらではウエイターを呼ぶときに、声をかけるでも口笛を吹くでも指を鳴らすでもなく、音にならないような歯の間から息を漏らすような「スッ」だか「シュッ」だかいう音を発する。唾を吐くときか舌打ちに聞こえかねない、まるで犬でも呼ぶような失礼な感じの呼び方だな、と美琴は思った。植民地時代の名残なのだろうか。それでもこの聞こえるかどうか微妙な音を、ウエイターは耳聡く聞きつけ、すぐやってくる。
 レストランでは大概テーブルでお勘定をするので食事が済んだら例の「スッ」で呼ぶ。日本や欧米ではウエイターが金属の皿に伝票を載せてくるが、この国では皿ではなく八センチ×十五センチくらいの木彫りの施された蓋つきの箱が使われている。蝶番で開く蓋をあけ勘定書きを見て、チップを上乗せした額の紙幣を入れて渡すようになっている。お釣りがある場合はその箱にいれてもってくるので、その時にチップを入れたりもする。

 九月半ば久々に停電が起こり、電話がまた繋がらなくなった。正弘は三度の食事は必ずとるが、ますます自分の殻にこもり、家でテレビ部屋に引きこもるか同僚と出かけることが多い。美琴は昼食後は友人たちを招いたり招かれたりでお茶をすることが多かった。    
 写真屋に現像を頼んでいたラグーンクルーズの写真ができたのを見て美琴は自分かと見まごうくらいの太りっぷりにショックを受けた。水泳は夕食後にすることにした。夕食分のカロリー消費と、夜ならば日焼けの心配がないので合理的だ。自宅の前のプールなのだから何時に泳ごうが文句もいわれまい。それに夕食後の気まずい時間をやり過ごすには都合がよかった。
 電話は一週間繋がらなかった。夫婦間の溝も拡がるばかりで一度の食事時間は二十分もかからないので一日のうち接する時間は一時間に満たないありさまになっていた。社長宅で誰かの歓迎会や送別会があるとその時は仮面夫婦を演じて参加していた。



<11.アボラ出張>


 そんな中、新しく建設中の内陸部にある新首都アボラに仕事兼ゴルフをしに行くことが、出発前日に決まった。正弘の商社マンとしての仕事はこの国で通信サプライを売ることらしいので、建設中の首都には需要があるのだろう。今回は隣人の田中さん以外、ラガ支社の社長と他の社員も一緒である。美琴は留守番かと思いきや一緒に行くことになっていた。雨が降ってゴルフができなければ麻雀だそうだ。美琴は留守番して家で寝ているほうが余程気が楽なのに、と残念だった。そもそも口をききたくもない嫁とどうして一緒に居たいのだろうか。お互い苦痛でしかないというのに、見栄っ張りな正弘はそうまでしてでも体面を取り繕うことを重視しているようだ。

 朝早く出たのに飛行機は予定より遅れ、空港の出発ロビーでひたすら待った。正弘は口をきかないし、他の人は何か読みふけっているし、仕方なく美琴はベンチに座ったまま三十分くらい寝ていた。やっと八時半に離陸した国内線は微妙な匂いが漂い、機内食にはヤム芋がでてきた。「これ、ヤム芋?」が機内で正弘が発した唯一の言葉だ。
 十時前頃に到着、シャトルバスの中でも無言。ヒルトンホテルに落ち着いてから正弘は仕事に出かけ、ランチビュッフェで合流後、午後からコースに出る。コックの中島さんにゴルフを習ったので今回は美琴も参加することになっていた。結果的に歩き回って疲れるだけだったのだが。
 夕食はホテルのアラビア料理のビュッフェでクスクスなどを食べ、夜はホテルのカジノに行った。美琴は初めてのカジノで勝手が全くわからないので正弘や田中さんについて回って様子を見ていただけだが、たまたま落ちていた百リアのチップを一枚拾ったので、ルーレットの赤か黒かに賭けるだけのものにトライしてみた。するとビギナーズラックなのか案外当たってしまい、何回か賭けるうちに六百リアになった。こうなってくると賭け事の高揚感がよくわかってきた。人がギャンブルにはまるのはこれなのか。美琴もけっこう楽しくなった。

 翌日は一日ゴルフをすることになっていた。正弘、田中さん、美琴の組と、社長たちの組に分かれて午前中コースの半分を回る。気温は三十度くらいだろうか。初心者の美琴は昨日の疲れもあり遅れがちだ。正弘に「後続の人に迷惑かかるからあまりもたもたするなよ」などと言われ、焦ってますますコースアウトすることが多くなってくる。ついにキャディもスコアをつけることを諦め苦笑しながら手伝ってくれる。
 一度休憩することになり芝生に座る。正弘と田中さんはそれぞれバッグから水のペットボトルを取り出して飲んでいる。美琴はまともにコースにでるのは初めてで何も教えられず辛うじてゴルフバッグを担いできただけなので何も持っていなかった。日本と違ってそこら中に自販機があるわけではない。第一お金を持っていない。
 正弘が何の反応もしないのを見かねた田中さんが
 「奥さん、水、飲みます?どうぞ」
 とおずおずと自分のペットボトルを差し出す。
 「あ、ありがとうございます。いただきます」
 美琴がありがたく手を伸ばしたところで夫の正弘がようやく気が付き、
 「はい、水」
 と自分のボトルを美琴に渡した。
 
 ランチはゴルフ場内のレストランでハンバーガーを食べた。午後から後半の九ホールを回る。さすがに今度は正弘が水をよこすようになった。美琴は辛うじてついていくだけだ。夕方五時ごろにようやく十八番ホールを終了する。美琴は疲れ果てた。
 キャディが
 「チップをおくれよ」という。あげたいのはやまやまだが
 「私はお金を持っていないので夫に言って」と答えるしかない。
 正弘に声をかけたが
 「あとでいいよ」と相手にしてくれない。
 結局最後にいくばくかは渡したようだが、美琴は一日付き合ってくれたキャディに自分で渡してあげられたらよかったのに、と思った。
 ホテルに戻ってからしばらく寝て、七時ごろに夕食を摂った。モンゴリアンバーベキューと中華のビュッフェだった。その後引き続きカジノへ。美琴は昨日の六百リアを元手に同じルーレットの確立二分の一の赤黒に賭けてみる。増えたり減ったりして結果的には元手の分が残った程度だった。そううまくはいかない。そもそも拾ったチップから始めたのだから手元に残っただけ儲けものなのだ。