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ススキノ レイ
ススキノ レイ
novelistID. 70663
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メイド女房アフリカ滞在記

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「え、明日も!まあいい、わかった。おやすみ」

 不毛な会話に美琴自身が疲れてしまった。こちらがどれだけ大変な思いをして料理を作ったか、夫はまったく考えてもくれない。普通の、というかまともな人間なら「無理を言って済まなかった、頑張ってこれだけのことをしてくれてありがとう」くらいは言わないか?
 セックスレスも仮面夫婦も結構だが、(本当は全然よくはないが)せめて女中頭として采配を振るえる程度には気遣いすべきだろう。本物の女中だっていきなり来客を告げられたら「いきなり言われても無理でございます、旦那様。食材のストックがございません」くらい言うのではないだろうか。
 明日はいよいよ食材を買い出しに行かなければならない。
 
 平氏は都合四日ほどラガに滞在したようだ。翌日はチキンカレーとターメリックライス、サモサでもてなし、その次は正弘と美琴とともに空港に近いヌマジャの中華レストランで夕食を食べた。その夜正弘は平氏のホテルに行き日付が変わっても帰宅しなかった。
 
 その日、美琴は婦人会仲間の奥様方数人と一緒に角倉商事の社長宅で、コックの中島さんに魚のさばき方を教えてもらう講習会に参加した。中島さんは本来は和食の料理人とのことで、鯛の三枚おろしなどを丁寧に教えてもらう。スーパーで切り身になった魚しか扱ったことのなかった美琴はかなり勉強になった。日本に帰ったら出刃包丁を買おう、と思う。
 「川は皮から、海は身から焼くんです」
 そうなんだ。知らなかった。でも大抵の川魚って皮ついてる状態よね。そんな大型のあまりないから。海の魚って例えば鯛とかの切り身かな。サンマは皮ごと焼くものね。後々調べるとこの言葉は料理人業界ではよく言われるらしく諸説あるらしい。
 彼がゴルフ場のレストランに勤めていた時代の業務用合わせ調味料のレシピなどもコピーして配られたので、後々役立った。

 ここ数日は一日に二、三時間の短い停電でおさまっていたり、あるいは一日無事だったり、また八時間停電だったりとまちまちだった。正弘の仕事が忙しくなり、今夜は帰宅できない、といったことがあったが、会社に一人でいるのは怖い、と帰宅してきた。学生時代体育会で鍛えてきた猛者でも深夜の職場は怖いらしい。
   
 

 <9.ギアナム行き>

 
 九月に入りラガから西へ約四百七十キロの国、ギアナムへ旅行にいくことになった。隣人の田中さんも一緒である。要するにゴルフをしに行く、ということだった。現地ではギアナムの首都アトラにある角倉商事の支社の人がコーディネートをしてくれるとのこと。
 運転手のピーターとともに会社からランドクルーザーを借りてきて、当日朝七時、美琴と正弘、田中さんが乗り込み出発した。ピーターは長身で胸板が厚く筋肉モリモリのまるでプロレスラーのような体格の持ち主で、年齢はよくわからないが若いのだろう。この辺の土地柄からいって見てくれだけでも威圧感があるというのは用心棒としてふさわしいのかもしれない。いかつい見た目とは裏腹にかなり繊細な性格だそうで、笑う目元はとても優しい。ゼリア西方地域の出身だということで、これから西に向かう我々にとってその地方語に堪能というのもありがたい。この国はかつて英国の植民地であったため共通語は英語なのだが、もともとは地域ごとに異なる言語を使っており、国民は今でも現地語と英語を話せるそうだ。
 問題はまずゼリアから隣国デナンへの国境通過である。車を降ろされ国境警備の建物の個室に連れていかれ、ダッシュを五百リア要求される。ダッシュというのはキャッシュで支払う賄賂、といった意味のゼリアならではの言葉らしい。そういえば空港の入国審査でもこの言葉が飛び交っていたのを美琴は思い出した。文字通り外国人から「奪取」する現金だ。小屋の外にでても口々にダッシュ、ダッシュと付きまとう人々に揉まれ、国境通過に一時間を要した。
 ようやく隣国に入る。ゼリアと違って整然とした街並みに安堵を覚える。十時半ごろデナンの港町クトゥのシェラトンホテルのラウンジでコーヒーとケーキで休憩する。仏領だっただけにスイーツのレベルも高い。アーモンドクリームの入ったシュークリームとコーヒーがセットで日本円にして三百円くらいだった。
 信号もちゃんとある海岸沿いの道を走ればヤシの木とエメラルドグリーンの海が美しい南国リゾートそのもので、思わず途中下車して写真を撮った。十四時ごろようやく隣国オゴに至る。元仏領同士のためかあっさりと国境を越えられた。
 昼食をとるためレストランを探し、オーベルジュ・プロバンスという見るからにお洒落なフランス料理店に入る。白髪を後ろに束ねた作務衣の似合いそうなフランス人店主が各人にメニューを渡してくれる。美琴に渡されたメニューには値段が書いていない。男性が気前よくおごるのだから女性は値段を気にせず好きなものを選びなさい、ということらしい。フレンチレストランらしい気遣いだ。ギャルソンもきちんとして礼儀正しい。同じアフリカでもゼリアとは雲泥の差だ。
 フランス語のメニューは美琴が辛うじて読めたものから頼むしかない。メインを魚と牛肉と豚肉から選ぶようになっていた。美琴は前菜に海老のカクテル、メインに鱒のアーモンドソースをチョイス。お通しのようなガーリックトーストがなかなかおいしい。海老のカクテルはカクテルグラスのふちに一度はずしてから飾り用に頭の部分をのせた海老が三匹、身を乗り出して盛り付けてある。いいセンスだ。鱒のソテーには生クリームベースのアーモンドソースがかかり、付け合わせにバター味のポテトとくるくると皮を残したレモンが添えられている。ただ、いずれも味付けがいかにもフレンチらしくクリーム系のこってりしたもので、おいしいのだが、美琴には胃がもたれそうだった。もうちょっとパンチの効いた、酸味や辛味が欲しい。正弘たちの選んだ魚のスープにすればよかったかな、と思ったりもした。とはいえ、オゴは景色も店も人も料理もトレ・ボン。ゼリアから来ると感激一入である。
 仏領だった国のほうがのんびりしていて、なんだか人々の表情も剣がないように感じられる。英国の統治はよほどえげつないことをしてきたのだろうか。確かに英国領ではインドのセポイの反乱やら中国のアヘン戦争やらが歴史に残る。植民地政策はフランスのほうが現地との関係はうまくいったのだろうか。独立後のそれぞれの国にこれほどに差が出るということが、現地を見て人と接して初めて実感できた。
 十七時頃、目的地のギアナムとの国境に至り、そこで「レッセパッセ(通行証)が必要だ」と車を止められた。美琴はよくわからなかったが、そんなことは聞いてない、でも要るのだ、オゴの役所でとってこなければならない、といった押し問答がしばらく続き、ゼリアずれした正弘たちは「またふっかけやがって」と思っていたようだが、本当に必要だったらしい。オゴの人はゼリアのように国境を超えるのにダッシュ欲しさで難癖をつけたりはしなかったのだ。