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エーテル論者と天球儀

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07.愛憎



 男は体を揺さぶられて目を覚ました。

 目を覚ました男は目をこすりながらむくりと起き上がり、だるそうにしながら眼前で燃え盛っているたき火に枯れ木を足す。

 薄暗くだだっ広い高原。遠景にうっすらと見える禍々しい城。あの場内の最奥にこの世界を征服しようとしている悪の大魔王がいるはず。大魔王を崇める信者、寝返った人々、配下の魔物といったものたちの妨害をどうにかはねのけ、城付近の高原まで歩を進めることができた一行は、明日、恐らくやってくるであろう最終決戦に備え、この地で一夜を明かしていた。

 火をおこし、敵襲に備えて魔導師がこの地に防護の魔法を施す。しかし、ここは大魔王の拠点の目の前。敵襲はもちろん、想定外のできごとが起きぬとも限らない。そのため、この5人のパーティが選んだのは、常に一人は起きていて周囲を見張っていよう、という方法だった。
 起きている順番を決め、眠れるものは眠りに就く。見張るものはあくびをかみ殺し疲労と戦いながら、燃え盛るたき火を前に約束の時間まで周囲を警戒し続ける。休息の効率は落ちるが、安全な休みはなんとしても確保しなければならない。そのような休息のはざま、男はちょうどそんな時間に居合わせていた。

 男を起こした吟遊詩人がその場でごろりと横になり、手枕をしたかと思うとすかさずいびきをかき出した。少し先には、ヴァルキリーと魔導師が女性同士、体を並べて貴重な短い眠りをむさぼっている。3人ともかなりの美男美女なのだが、最終決戦を前に疲れをとることに専心しているせいか、寝姿は正直、見られたもんじゃない。
 だが、それも仕方のないことだ。今日という苦しい行軍を生き抜いたものにのみ与えられる休息の権利。それは裏を返せば、より厳しい明日を生き抜くための準備でしかない。ここでちゃんと休めないやつは、明日を生き残れないのだ。そして、それは時として自分だけではなく、ここにいる5人全員の死を意味する。
 普段なら眠る前に数時間ほど神への祈りを欠かさない牧師も、今日ばかりは数分で祈りを終えて眠りに就いてしまっていた。大きな戦いの前なので簡略に済ませたのか、祈りの最中に寝落ちするほど心身が疲れ切っていたのか、それはわからない。どちらにしても、5人の中でもっとも冷静な最年長の男ですら普段と違う行動を取るほど、ここにいる全員が明日という日を意識している。

 そんな死と隣り合わせの討伐行の最終局面。そこでふいに訪れる内省の時間。男は眼前の燃え盛る炎を見つめ、周囲への警戒を怠らないようにしながら思索にふけりだしていた。

 ランサーの家に生まれついた彼は、その家に男子として生まれついたものの宿命として、幼い頃から祖父や父からやりの使い方をみっちりとたたき込まれてきた。その鍛錬の成果と恵まれた血筋によって世に見いだされ、この討伐隊に加わることとなった。やや無口なきらいはあるが、決して軽口をたたくようなタイプではないため、他のメンバーからも厚い信頼を寄せられていた。
 男は思う。自分の時代に大魔王がよみがえり、自身が討伐に参加することになるとは思ってもみなかった。稽古をつけてくれた祖父や父のほうがはるかに実力は上だったから。もし、大魔王の復活があと20年早かったら、祖父が生きていて父が現役だった時代なら、明日、出あう男はもっと早くこの世界から追い出されていただろう。
 大魔王の復活は600年ぶり4回目らしい。そして今回、よみがえることができた理由は自分を封じこめていた封印の魔力が弱まったから、だそうだ。これらは大魔王本人が、正式にこの世界を治める王たちに伝えたことだ。

 ところで、一介のランサーでしかない自分にはよくわからないが、大魔王という存在は、そのように力の強弱をうかがって世に出たり引っ込んだりし、弱いときに出現して世界の征服をもくろんだりするものなのだろうか。

 男は目線を炎からその上へと移した。そこには満天の星空が広がっている。

 全能たる神はこの世にあまねく存在し、私たちを見守っていてくださる。しかし、確認できる限り大魔王は普遍的な存在とは言い難い。それが証拠に、この空に広がる星々のどれ一つとして手中に収められてはいないじゃないか。それだけじゃない。私たちが住むこの星ですら、封印の力が弱まったときにつけ狙うのがせいぜいといった体たらく。

「大魔王なんて……、よく名乗れるよな」

 男は思わずつぶやいてしまう。封印の魔力が衰えている状況で、ようやく一つの星の征服をもくろめる程度の存在、そのようなものが、自称か他称かは知らぬが自身を大魔王と認めている。そこには謙虚さといったものはみじんも存在しない。それは悪ですらない、唾棄すべき思い上がりというものだ。

 きっと、この大魔王とやらは夜空を見上げたことがないのだろう。私たちがいるこの星のちっぽけさにも気付いていないのだろう。もちろん、この星で行われている生命の営みを軽視する気はない。けれど、大魔王と名乗るからにはもっと宇宙規模のスケールで、神に匹敵するほどとてつもないことをやらかすべきだ。もし、それができないのなら、もう少し奥ゆかしくしていたほうがいい。無駄にイキるのはダサいだけ、ということぐらい理解すべきだ。

 明日、余裕があったら男はこの点について当の大魔王に話をしてみようと思った。うまいこといけば、言い負かせられるんじゃないかとも。どちらかと言えば善の側の立場であるはずのこの男は、悪の権化である大魔王の弱腰さに一石を投じたい、もっとシャキッとしろ、もっといったらんかい、といった思いをいつの間にか心に育んでいた。

「でも……、そうはさせてくれないだろうなあ」

 男は眠る仲間を見回した。彼らは再び大魔王を封印できるせっかくの機会を、こんな討論でふいにしたくはないだろう。玉座の間の扉を蹴り開けたら、きっとその瞬間から殺し合いが始まるに違いない。

 男は雄大な星空をもう一度見上げ、まだ見ぬ大魔王に心中で言葉を投げかける。大魔王ならもっと突き抜けろや。俺ら程度にここまで来られるようなら大魔王なんて名乗るな。廃業しちまえよ。
 そんなさらなる努力を求めているのか、それとも憎んでいるのか、よくわからない愛憎入り交じった感情で。


 やがて交代の時間がやってくる。男は次の見張り番である魔導師を起こすために立ち上がった。


作品名:エーテル論者と天球儀 作家名:六色塔