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エーテル論者と天球儀

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05.こんぺいと



 今年2歳になるひろとくんは、保育園に通う男の子です。

 おうちでも園でも、晴れていようと雨が降ろうとも、ひろとくんはいつだって元気です。お友だちと遊ぶのが大好きで、園でも自分からみんなを誘ってボールでの遊びやおにごっこ、ヒーローごっこなどで遊んでいます。
 でも、元気が良すぎて毎日のようにお洋服を泥まみれにしてしまうので、ひろとくんのお父さんとお母さんはいつもお洗濯が大変です。それに、ひろとくんは元気が良すぎて、ちょっと目を離したすきにどこかへ行ってしまうところがあるので、それも悩みの種のようです。以前も園で保育士さんの目をかい潜ってどこかに行ってしまったことがありましたし(幸い、園を抜け出すようなことはありませんが)、休日に家族でお出かけをするときも片時も目が離せません。元気なのはいいことですが、ちょっと元気過ぎて困ってしまうなあ、という子なのです。

 そんな活動的なひろとくんですが、最近、あるものがお気に入りのようです。いつもならすぐにどこかへと走り去ってしまうはずのひろとくんが、一度それを目にすると心を奪われたように立ち止まり、指をくわえて物欲しげに眺めているのです。

 ひろとくんをそれほどまでに夢中にさせるものはいったい何なのでしょう。それは金平糖です。あの色とりどりで、とげとげがいっぱいのあま〜いお菓子。ひろとくんは今、あの風変わりなお菓子にすっかり夢中なのです。

 ひろとくんと金平糖との最初のであいは保育園でのおやつの時間でした。お皿に乗っかっている数粒の奇妙な物体を目に入れた瞬間、あのひろとくんが身じろぎもせずにそれを見つめているのです。あまりにもひろとくんが動かないので、保育士さんが驚いて駆けつけます。でも、すぐにひろとくんがこの珍しいお菓子に注目していることに気づいた保育士さんはにっこりと笑って、ひろとくんに優しく声をかけました。

「こんぺいとう、あまくておいしいから食べてみようね」

 ひろとくんは大好きな保育士さんに言われるがまま、そのとげとげを1個だけこわごわとした手つきでつまみます。そして、しばらく指と指の間にいるそれをあらためてまじまじながめていましたが、やがて意を決したように口中に放り込みました。

「!!!」

 すぐさま口内に広がる甘み。とげとげが転がりまわる刺激。ひろとくんの顔がほころびます。この瞬間からひろとくんはすぐさま金平糖のとりこになってしまったのでした。

 「ひろとくん、金平糖にハマる」の報は保育士さんからその日のうちにご両親に伝えられ、お父さんとお母さんも知るところとなりました。
 お母さんは早速、スーパーでの夕飯のお買い物のついでに金平糖もかごの中に入れます。お父さんも仕事の帰りに閉店間際のデパートのお菓子屋さんに駆け込みます。こうして、この日からひろとくんのおうちには金平糖が常に置かれるようになったのです。

 そうなった理由はもちろん、一人息子に好きなものを食べてほしい、喜んでいる顔を見たいという親心が一番大きかったと思います。でも、それ以外の効果もありました。それは例えば、お出かけのときなどにしばしば発揮されました。

「お行儀よくしていたら、金平糖、いつもより多めにあげようね」

そんなふうに、活動的なひろとくんをおとなしくさせる手段としても用いられるようになったのです。

 この方法は非常に効果的だったようで、特にどうしてもじっとしていてほしい時などに用いられました。またひろとくんも金平糖のために頑張っておとなしくできるようになりました。もちろん、甘い金平糖をいっぱい食べさせると体に悪いのであまり頻繁にはできませんが、それでもいつ何時、どこに行ってしまうかわからないひろとくんを行儀よくさせる手だてが見つかったことはとても大きな収穫だったのです。でも、なかなかいいことばかりは続かないもので、今度はまた別の問題が起こってしまいました。

 ひろとくんはいつの日からか、大変な夜ふかしさんになってしまったのです。いつもは遅くても夜8時には眠りに就くのに、最近は9時前になっても横になる気配を見せないのです。

 今日もひろとくんは布団に見向きもせず、ずっとカーテンの隙間から外を眺めています。お父さんとお母さんはあの手この手を使って布団へ連れていこうとするのですが、一向にうまくいきません。なだめてみたり、ちょっと強く言ってみたりしても、カーテンとカーテンの間に顔を突っ込んだままひろとくんは言うことを聞きません。もう歯を磨いてしまっているので、お得意の金平糖作戦もできないのです。

 お父さんとお母さんは外をのぞいているひろとくんを困りきった表情で眺めた後、お互いに顔を見合わせてため息を付いてしまいます。1つ問題が解決すればすぐさま次の問題が持ち上がる。子育ての大変さを目の当たりにして、参ってしまっているようです。

 そうしているうちに2人はふと、ひろとくんは何を見ているのだろうかという疑問が頭を過ぎりました。夜ふかしさんになるほど夢中になっているものの正体が分かれば、対策も立てられるだろうと思ったからです。

 そこで、ご両親は思いきってカーテンを開け放し、窓から見える景色を自分たちも眺めてみます。しかし、そこにあるのは何の変哲もない夜の街。ひろとくんの目を引きそうなものなんてないよなあ、二人がそう思った瞬間でした。

「まま! ぱぱ! あれ、こんぺいと、こんぺいと!」

 ひろとくんがたどたどしい口調ではるか上空を指差したのです。

 そこには、満天の星空が広がっていました。

 その時、ご両親はようやくひろとくんがなぜ夜ふかしさんになったのかを理解しました。この想像力の豊かな息子は、大好きな金平糖をお空から落っこちてきたお星さまだと思っていたのです。きっとそんな大好きな金平糖が家の庭先に落っこちてくる瞬間をこの目で見ようと思って、眠い中ずっと夜空を眺めていたのでしょう。

 ひろとくんの夜ふかしの理由はわかりました。でも、お父さんとお母さんはひろとくんに本当のことを教えて床につかせようという気にはなれませんでした。

 なんとかひろとくんを寝かしつけた後、お父さんとお母さんはパソコンで調べ物を始めます。ひろとくんに見せるための流れ星の動画と、夜空に見立てたチョコにきらきらと光るように金平糖を埋め込んだお菓子のレシピ。その二つを探すために。

 そして、いつまでもひろとは金平糖が夜空のお星さまが落っこちてきたものだと信じていてほしいね、とお互いの顔を見てほほ笑んだのでした。


作品名:エーテル論者と天球儀 作家名:六色塔