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エーテル論者と天球儀

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02.変光星



 最近、竹本には一つの楽しみがある。

 30代の半ば、妻も子どももいる、仕事もまあそれなりに順調。そんな恵まれた境遇にいると断言してもよさそうな竹本だが、当の本人はどこか居心地の悪さを感じているようだった。

 パートナーである竹本の妻は、産休から復帰した後もバリバリと働いている。いわゆる共働きという形になるわけだが、管理職として竹本と同じかそれ以上に稼いでいた。
 なら、さぞかし多忙で子育てがおろそかになるのでは、と思う人も多いかもしれない。だが、彼女は2歳になる息子を朝にそつなく保育園へと送り届け、夕方も仕事を上手く切り上げて保育園へと迎えに行く。そして、帰りにスーパーなどで購入した食材で手早く3人分の夕食を作り、夫である竹本の帰りを待っているのだ(息子は8割がた、眠りについてしまっているが)。
 彼女の勤め先と保育園が近く、竹本の仕事がかなり激務で残業が非常に多いため、どうしても送り迎えは妻のほうが多くなる。もちろん妻が多忙なときは父である自分が保育園に迎えに行ったり、家事なども行ってはいる。だが、夫婦の役割のバランスは今現在、妻のほうに大きく傾いていると思ってしまう。でも、もう少し家族とふれあいたいし、もう少し家庭で父としての存在感を出したいと竹本は心中で思っているのだった。

 一方、仕事のほうでは重要なプロジェクトに起用され、その一員として奮闘している毎日だ。残業が多いのはそのせいであり、重要な仕事ゆえにその忙しさに胸を張っていいはずなのだが、こちらのほうでも竹本の胃が痛むような事情があった。
 彼が従事しているそのプロジェクトには、プロジェクトを管理し戦略などを立ててスケジュールを管理するマネージャーと、メンバーを束ねて指示を出しつつ問題解決などをしていくリーダーがいる。この重要な役割の二人が、実はどちらも竹本の同期なのだ。
 竹本自身はメンバーの一人という立場でしかない。彼らが管理職として人を束ねて管理をする仕事に就いているのに対し、自分はただの一兵卒。もちろんプロジェクトのメンバーひとりひとりも重要ではあるし、出世が人生の全てではないことも十分よくわかっている。当の二人の管理職も他のメンバーもこのことを特に気にしている様子はない。気にしているのは恐らく竹本だけ。だが、気にしているのが自分だけだという事実がまた、心のもやもやを増幅させていることも事実だった。

 そんな、家でもオフィスでもわだかまりを抱えていた竹本にとって、数少ない安らぎの場はその2カ所を移動するための通勤時間のひとときだった。
 帰り(行きは多数のサラリーマンと同様、憂鬱感がひどい)に駅を降りて家まで歩く十数分の間、満天の夜空をぼんやりと眺めるのが、彼の最近の唯一といっていい楽しみだった。

 竹本は、星や天文学の知識などはそれほど持ってはいない。ただただ屈託なく夜空を楽しんでいる。名前すらも知らない星を眺めて歩くという1日のうち十数分のその行動が、今の竹本の数少ない心の支えだった。
 確か、最初はふと何気なく夜空を見上げただけだったような気がする。本当に気まぐれ以外の何物でもなかったその見上げるという行為に、いつの間にか竹本は魅了されていた。毎日、毎日、変わらない配置(厳密には少しずつ動いているのだろう)で、美しさを提供してくれる広大な宇宙だけが、胸中の割り切れなさを、つかの間、忘れさせてくれていた。

 そんなある日、いつも通り夜空を見上げていた竹本は奇妙な星を見つける。その星は昨晩はきらめいていたのに今夜は明らかに暗く、まるで夜の帳に埋没しそうなほどだった。
 竹本は仕事で疲れているのかなと思って目を擦る。しかしよく考えなくても、目の疲れなら他の星にだって影響があるはずだ。ということは、あの星に何かが起きたのだ。昨夜までは光り輝き、今夜はそれが鈍くなるような何かが。

 竹本はその星のふるまいを心にしまったまま、家の扉を開ける。妻と今日あったことを報告しあい、温めた夕食をつついて風呂に入る。その後、妻と息子の安らかな寝顔のとなりでノートパソコンを開き、先ほどの星の現象について調べ始めた。

 その結果、先ほど見たあの星はどうやら明るさが時間によって変化する変光星というものだということがわかった。
 明るさが変わる理由はいろいろとあるようだ。星が爆発した場合や、別の星がその星を遮る場合。星自体が膨張や収縮して明るさを変えたり、星の表面の明るさが違うため自転によって明度が変わったり、という説明が書かれていた。

「星にも、輝く時期と暗くなる時期があるんだな」

 竹本は眠る二人の横で思わずつぶやいた。そして、そんな変光星の境遇を己の境遇に重ね合わせてしまう。

 現状、なかなか家庭で父の立場を発揮できないのは、自分があまり輝いている時期ではないという可能性もあるだろう。自分が暗い状況で無理に出しゃばって妻の役割を無理に奪い取るべきではないし、そんなことをすれば息子への影響も大きいだろう。
 仕事にしてもそうだ。たまたま光り輝いている同期が自分の輝きを遮っているだけだという考え方もできる。でもそれは、違う角度から見てみれば、自分は現場で光り輝いているということでもあるのだ。

 どちらにしても、今はできることをするべき時期なのだろう。誰よりも輝くなんてことは今はできないが、それでも夜空の一角を彩るだけのことはできるはず。そうやって頑張っているうちに、状況が変わって大きく輝く時がやってくることもあるかもしれない。仮に来なかったら? まあ、そういう人生を悪いと決めつけるのは早計だ、そう思うことにしよう。

 心の重荷を少しばかりおろした竹本は、傍らに眠る家族二人の寝顔を笑顔で眺める。そしてノートパソコンと明かりを消し、闇の中で仰向けになって目をつむった。


作品名:エーテル論者と天球儀 作家名:六色塔