時代背景の殺人事件
「実は決して、ソープ嬢をやりたいからやっているわけではなく、昔、失恋から買い物依存症になり、借金がかさんでしまったことで、結局は、ソープの沼から抜けられなくなってしまった」
ということであった。
彼女の方からすれば、
「この沼から救ってくれるのであれば、結婚してもいい」
という程度のもので、
「どうしても、谷口さんと結婚したいから」
というわけではないようだ。
だから、彼女は、必死になって、彼の求婚にこたえようとする。しかし、
「心は真実ではなかった」
ということになるのであった。
そのことを、父親に悟られたようだった。
「一番知られてはいけない父親」
ソープ嬢をしていたということは、
「墓場まで持っていかなければいけない」
と思っていた。
それこそ、
「父が死んでしまえば、別に構わない」
と思っている。
普通なら、
「結婚するまでの辛抱で、結婚という既成事実ができれば、それでいいだろう。別の家庭を作るわけだから」
ということになるのだろうが、父親はそんな甘いものではない、特に、長男はそう思い込んでいるのであった。
そういう意味で、長男も、
「殺害の動機としては、少し薄いが、だが、殺害動機として考えられないわけではない」
といえる。
そうなると、
「息子も、母親も、かなり薄いが父親に対しての殺意がなかったわけではない」
ということになるのであった。
そうなると、もう一つ考えられるのは、
「それぞれが共犯ではなかったか?」
ということであったが、その時に思いついたのが、前述の、
「殺人計画メモ」
だった。
綿密な殺人計画ではない。
「どちらが死んでも構わない」
ということになるのだとすれば、
「ひょっとすると、もう一人、殺害計画の中に含まれていたのかも知れない」
ということになり、八木刑事は、そのつもりで、事件の捜査をしていた。
すると、そのつもりで捜査をしているからであろうか?
事件の核心めいたものに近づいた気がしたのであった。
大団円
今度の事件において、
「これが家族観での殺人事件だ」
ということを考えると、一人、
「蚊帳の外」
にいるのが、次男の康人であった。
確かに、アリバイがあるということで、康人は、捜査から外れてしまうことになる。
「ひょっとすると、犯人側は、それを狙ったのではないだろうか?」
ということであった。
警察の捜査というのは、
「一度、嫌疑から外れると、犯人としてではなくとも、何かのきっかけがなければ、捜査というものをしない」
ということになる。
というのも、
「犯人が、よく証拠品であったり、凶器などをどこかに隠そうとしたりした時、一番、安全なのは、どこなのか?」
という場合、
「それは、一度警察が捜索したところ」
ということになるだろう。
一度捜索し、
「そこにはなかった」
ということが確定すれば、同じものを探す時、一度探してなかったところを再度探すというような、
「時間の無駄」
といえることをすることはないだろう。
それを考えると、
「一度嫌疑から外れた康人を調べるということはない」
というはずだったのだ。
しかし、八木刑事は、
「彼を容疑者」
として調べたわけではない。
この事件を、
「もう一人、殺害計画の中に入っているとすれば、康人しかない」
というところから調べたのだ。
捜査本部が、こんな無駄なことを許すわけはないが、八木刑事は、
「この事件が、家族内だけの犯行だと決めつけるのは危険だ」
ということで、
「康人の様子も聞いてみる必要がある」
ということを言って、彼の様子を探った。
まず引っかかったのは、
「どうやら、家族の中で、一番疎まれている」
ということだったのだ。
しかし、完璧なアリバイがあった。
それも、どうやら、母親が作ったアリバイだったように見えて、
「どこかおかしい」
と思ったのだ。
学校で、康人の友達に事情を聴いてみると、アッサリと話してくれた。
別に口止めをされているわけではないようで、それだけ、
「他の人に言われても構わない」
と思っていたのだ。
というのは、
「俺は、おやじの本当の息子はないんだ。母親の不倫で生まれた子だったんだ。血液などに疎くて、家族に対して大きな威厳を持っている父親が、そんな疑いを持つようなことはないからな。そのくせうちは、W不倫をしているんだ。俺が生まれるくらい普通にあるというものさ」
ということであった。
だが、父親は、思ったよりも猜疑心が強かったようで、
「康人が息子ではない」
ということが分かっていた。
父親はそれを、自分の胸だけに収めてきた。それは、事を大きくしたくないという思いよりも、
「何かあった時に、母親に対しての最終兵器として使おう」
ということだったようだ。
さらには、息子のこともよく分かっていた。だから、
「次男が次男なら、長男も長男」
ということで、長男に対しても、
「最終兵器を持った」
ということで、家族全員に対して、最終兵器を持っていたことで、父親が一番強かったというのも分かるというものだった。
だが、母親も長男もそのことが分かり、
「父親を殺す」
ということが現実味を帯びてきた。
しかし、母親は、自分にとっての最終兵器である康人も、葬ろうと思っていた。
兄の方も、康人に、
「ソープ嬢の彼女と結婚しようとしている」
ということを、知ってしまったということで、
「生かしてはおけない」
と思っていたようだ。
それは、父親から聞かされたことであり、康人とすれば、
「聞きたくもないこと」
ということで、父親にとって、次男はあくまでも、
「自分が殺されないようにするための防波堤」
だったのだ。
だが、実際に、殺されてしまった。そして生き残ったのは、次男の康人だけ。家族の愛憎絵図の中で、巻き込まれた形の康人は、
「父親の威厳」
を受け止めている間にある程度の勘と、知恵を身に着けていた。
だから、犯人も、事件の真相もある程度分かっていた。
ひょっとすると、八木刑事が事件の真相に近づけたのも、八木刑事が、康人という次男に目を向けたからなのかも知れない。
大日本帝国という時代から、今の令和に至るまでの、激動の歴史の中で、昭和の終わりからの、
「バブルの崩壊」
という歴史的な大事件の中で起こった、不可思議な、時代背景を彷彿させるという殺人事件だったのだ。
( 完 )
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