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京都七景【第十七章】前編

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 もちろん、里都子さんも、名誉ある家に生まれて、裕福な家庭ですくすく幸せに育ったことは十二分に見て取れます。人は自分が育った環境の余韻を、我知らず外に出してしまうものですから。それは、会話や、趣味や、普段の言動にどうしても現れます。里都子さんも例外ではありません。
 しかし、里都子さんには、その現れ方に同じ境遇の人たちにはない、ある種の葛藤があるのをおれは感じます」
「ええっ、どんな葛藤?」
「おれが感じているのは二つです。おれの部屋に怒鳴り込んできたときの葛藤、それから、今日もそうですけど、実験着を来たまま大学から帰ってきたときの葛藤」
「それが、どんな葛藤なのか、説明できる?」
「漠然とした傾向だけなら」
「ぜひ言ってみて」
「では、杉谷さんの恋人二股問題のほうから。里都子さんは大批判を浴びせてますけど、あれで、杉谷さんは結構女性にモテるタイプなんですよ。おれは、高校の後輩だから、よく艶聞を聞いたものです。
 見た目は決して二枚目とはいえないのに、黙っているとちょっと苦み走ってカッコよく見えるでしょう? 背も高いですしね。そこへきて時々見せる愛嬌が曲者なんです。どうもそれが女性には魅力的に映るらしいんです。しかも、つき合っている人には、こまめに尽くすでしょう、だから女性のほうもついつい情に絆されてしまう。
 ところが、です。何しろ、気は多いし、飽きっぽいという弱点がある。しかも、気持ちが冷めたら、ちゃんと話し合って解決すればいいのに、相手にはっきりした態度をとって嫌われるのがいやなものだから、距離を置いて遠ざかれば忘れてもらえると思って逃げまわる。つきあっていた女性からすると、見れば別の女と歩いているわけですから、裏切られたと憤るのも当然です。
 となると、二人の女性の出会った時が修羅場になる。ですが、この修羅場を取り仕切るのは、残念ながら杉谷さんじゃありません。杉谷さんは二人の女性が互いを罵り合い、場合によってはつかみ合う間を、ただ右往左往するだけ。
 結果は、優勢なほうが杉谷さんを無理やり引っ張って行って、弾劾して捨て去るか、再び交際を求めるか、そのどちらかでしょうが、そういう時は、とても優しい。しかも常に低姿勢で受け答えをするから、女性は何だか自分がやり過ぎてしまったような気になる。これ以上責めて嫌われたらどうしようと女性自身に思わせるのが、杉谷さんの杉谷さんたる所以ですね。だから、女性は、何となく、なし崩し的に仲直りしてしまう。そのくせ、新たに、また魅力的な女性に恋してしまうだから、おれから言うのも心苦しいですが、女性の敵と言われるのは仕方がない」
「そうなのよ、そういうところが、うちの父親とまるでそっくり。今、思い出しても怖気が走る。そのせいなのよ、しだいに両親の争いが絶えなくなって、母が体調を崩した上に、とうとう、うつ状態にまで陥って、私を連れて実家まで戻って来てしまったのは。
 だから、私は女をだます男を見ると、どうしようもなくむかつくの。でも、それだけじゃない。男をだます女にもどうしようもなくむかつくようになった。だって立場を変えたらやっていることは同じじゃないかって。
 そう思ったのは、その時、それを自分にも当てはめて想像してみたからなの。自分だって、そもそもそういうことをして来たんじゃないのかって。だから、その時決心したの。自分の容姿を、人を騙す手段には決してしないでいようって。
 それからは、人に誤解されないように、とにかく気をつけた。自分で言うのもおこがましいけれど、外見がこの通りでしょ。挨拶のつもりでニコッとお辞儀するだけで、すぐに誤解する人が出てしまう。その辺を楽しそうに歩いているだけでも、もう声をかけられてしまうの。だから、外出するのもだんだん恐くなってくる。仕方がなくて、自然と、黙って不機嫌そうな振りをして歩くようになった。周りの男は全部敵だ、みたいな顔つきをしてね。
 でもダメなのよ。

「ねえ、ねえ、どうしてそんな怒った顔してるの? 美人がだいなしだよ。少し、お茶でも飲みながら話してみない? 気が晴れるよ」だって。
 男って、本当にバカよね。よくもまあ懲りずに、女につけ入ることに、あんなに情熱を注げるものかしら。気に障ったらごめんなさいね、野上さんはべつよ。これは、あくまでも一般論だから。
 とにかく、そういうわけで声をかけてくる男の数はなかなか減らない。だから必要なときを除いて、めったに外に出ないことにしたの。家で料理を作ったり、本を読んだり、勉強するようになった。ま、読書や勉強は、それなりに好奇心を満たしてくれるから嫌いじゃないの。おかげで、なりたくもないのに、なかなかの勤勉家になってしまった。その結果、成績はトップクラス。皮肉なことに、母は大よろこびしたわ。
 そうなると今度は、ガリ勉だの、つき合いが悪いの、冷たいだの、高慢だの、態度が横柄だの、批難の嵐。全く勝手よね、いったい私が何をしたって言うの。ただ、普通のことを、普通にしたいだけなのに。
 でも、それでよくわかったわ。可愛くして、不特定多数の男に声をかけられるより、理由はどうあれ、非難されているほうがましだってことをね。それに成績が良くなると、ある種の男たちが声をかけてこなくなることにも気がついた。これは、ありがたいことだった。戸外で一人でいられる時間がふえたから。
 実は、この白衣もその対策の一つ。これを着てると不思議と男が寄ってこないのよ。ほら、日本の男って、なぜか理系の女子を敬遠するでしょう? たぶん、伝統的に理屈っぽい女が嫌いだからだと思うわ。
 もちろん、私も歴とした理系女子の一人ではあるけれど、普通の服を着ているときは、私が理系だなんて気のつく人は、まずいない。だからこそ、この白衣に霊験が宿るのよ。白衣は理系の看板みたいなものでしょ? だから、羽織っていれば大概、理系女子だと判断してくれる。まるで男を避(よ)ける魔法のマントみたい」
「ははあ、これで納得が行きましたよ。そういう理由でしたか」
「でも、最初からそのつもりじゃなかったのよ。あくまでも副産物。災転じて福となす、じゃなくて、不幸中の幸かな」
「なるほど。なら、ちょうど話題が白衣に移ったところで、なぜ里都子さんが実験着のまま大学を出てしまうのか、おれなりの答えを言ってもいいですか?」
「ええ、もちろんよ。自分のこととはいえ、野上さんに言われると、何だか妙に緊張するから不思議ね。でも、お願いします」
「可能性のある答えは、いくつかあるかもしれません。しかし、いろいろ考えた末、おれには、次の二つのうち、どちらかしかないように思えます。
 仮説A・里都子さんは、薬学に興味、関心が非常に高く、優れて研究熱心な学生である。
 仮説B・里都子さんは、薬学に興味、関心がますます薄れ、モチベーションの低下に悩む学生である」
「まあ、両極端の答えしかないんだ。容赦ないわねえ。この二つのうちから選べってこと? ねえ、この間(あいだ)に、いくつか別の答えを用意できないかしら?」