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京都七景【第十七章】前編

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「ぜひ聞かせてください」
「そう、そう、素直でけっこう。でも、素直も時と場合によっては嫌われるから、女の子って全く面倒よね」
「欲得づくの男性ばかりじゃなく女の子についてもいろいろ考えているんですね」
「そりゃそうよ、たくさんいやな思いをさせられてきたもの」
「取り巻きが自然と多くなるからですか?」
「ねえ、それって私のせい?」
「質問を質問で返されると困るなあ、それに攻撃的だし。そりゃ、取り巻きを自分からわざわざ募集する人は、芸能人か政治家かカルト宗教のカリスマくらいでしょうけど。
 正直言って、里都子さんは、人を魅了させる優れた容姿をお持ちだから、仕方がないんです。誰のせいでもありませんね。偶然か運命か、はたまた神の摂理のせいか? 
 でも、その攻撃的様子から見ると、運命からのもらい事故だと言ったほうが正しいかもしれない」
「ううーん、もらい事故か、うまいことを言うのね。確かに、今の私の気持ちにぴったりだわ。ひと言で言い当てられたって感じ。もやもやすることを言葉にできると、なんだか心が軽くなるわね。これも文学の御利益かしら。やっぱり今日は会えてよかった。どうも、ありがとう。でも私って、そんなに攻撃的?」
「まあ、かなり」
「それじゃ、初めて部屋に怒鳴り込んだ時も?」
「ええ、あのときが一番怖かった。こんなきれいな人から、突然言いがかりをつけられるなんて、もはや、神も仏も無いものかと、身内から震えがこみ上げましたよ」
「まあ、大げさなのね」
「いいえ、おれには状況の理不尽さが半端なかったので、里都子さんが出て行ったあとも、椅子に座ってしばらく立ち上がれなかったほどです」
「そうだったの。大変申しわけないことをしたわ。もう一度謝ります。あのときは本当にごめんなさい」
「いえ、そのことはもういいんです。少し尾は引いてますけど、立ち直りつつありますから。それより一つ質問してもいいですか?」
「いいわよ、ご迷惑をかけたお詫びに、何にでもお答えするわ。ただし、一つだけね」
「それじゃ、お言葉に甘えて、質問させていただきます。十中八九、失礼な質問かと思いますけど、どうか気を悪くしないでください。でも、どうしても伺っておきたいことなので、よろしくお願いします。質問の意図は後でちゃんと説明しますから」
「えっ、どんな質問をするつもり? 何だか今度は私が怖くなってきちゃった。でも、約束だから、できるだけ覚悟して答えることにするわね」
「では、質問です。里都子さんは、物心ついたときからそんなに攻撃的だったんですか?」
「まあ! …よくそんなストレートな質問ができるわね。と言うか、そうしたくなるのも、わからないではないけれど、思っても、ふつうは口に出さないものよ。
 でも、野上さんに言われると、何だか声の響きに気遣いが伝わって、心が静まるから、ちょっと不思議ね。わかったわ、約束だから何とかやってみる」
「すみません。いつも里都子さんと話すときに、どこか聞き流すことのできない、自分と同じ気配を感じるので、少し気になっていたんです。よろしくお願いします」
「ふうん、何だか奥深いのね。ま、いいわ。じゃ、順序よくとはいかないけれど、思いつくままに話すわね。
 私だって小さい頃から、こんなじゃなかったのよ。無口でおとなしくて、お行儀がよくて、何でも、はいはい、人の言うことをよく聞く子どもだった。両親にも祖父母にも親戚にも、とっても受けがよくてね、みんなが、りっちゃん、りっちゃんって、下にも置かないほど大事にしてくれた。今思えば、あのときが、ある意味、私の人生の絶頂期だったかもしれない」
「ええ? そんなことはないでしょう? 今だって、それ以上の絶頂期だと思いますけど」
「どうして? どうしてそう思うの?」
「だって、身の周りにいろいろ好い条件が揃ってるじゃないですか」
「いろいろって、どんな条件よ?」
「ははあ、もう攻撃的になって来てますね? きっと、そんなことはないと言いたいんでしょう? その理由は後でゆっくり伺いますから、今はひとまず話を先へ進めますね。
 で、おれは、客観的に見て(というのは外から見てということですけど)、里都子さんはかなり条件が揃っているほうだと思いますよ。いくつか挙げてみましょうか。
 まず、医師の家系に生まれた。これは一般的に裕福な家庭を(内実はわかりませんけど)想像させます。そして両親にも祖父母にも、たっぷり愛情を受けて育ったらしい。だから家庭は円満と見て大丈夫でしょう。現在、大学の難関学部、薬学部に在学し、将来はおそらく、薬剤師か研究者を目指している。だから、まず職業選択に迷うことはない。おまけに、失礼な言い方をして申しわけありませんが、究極の切り札を持っている。
 里都子さんのその優れた容姿ですよ。世の中、これさえあれば、望むものを全て一挙に手に入れることだって夢ではありません。
 もちろん、その切り札だけで薬剤師になることはできないでしょう。しかし、富に名誉、良き伴侶に幸せな家庭、贅沢三昧な生活に、引いては人の心まで、思い通りに手に入れられるかもしれない。それどころか、実際そうしている人は、たくさんいる、らしい。
 ただし、切り札は、ジョーカー同様、慎重に取り扱わなければなりません。でも時と場所さえちゃんと弁えて使えば、もはや最強のカードです。どうです、こんなにいろいろ揃っているじゃないですか。
 しかし誤解されるといけないので、予めつけ加えておきますけど、おれは必ずしも里都子さんがこの通りだとは思っていませんから」
「どうして、そうだと思ってないの?」
「だって、これだけの好条件が揃っているのに攻撃的だなんて納得が行かないからです。こんなに条件のいい人生なら、誰だって、その条件に逆らわずに幸運に棹さしながら黙って流れて行けばいい、そう思うでしょう。おれだって、ついそんなふうに思ってしまいます。
 でも里都子さんは、そういう生き方には抵抗がある。だから反発して攻撃的になっているんでしょう? おれにはそんなふうに見えます。でも、どうしてそんなに抵抗があるんだろう? 実は、そのとき、里都子さんもおれと同じような道を歩いているんじゃないか、ふとそんな気がしたんです」
「それって、どういうこと?」
「これは、あくまで、先日話した自分の経験からの推測です。つまり、こういうことです。