あなたに似た人2
「なあ」
クリスの元を辞し、外の雑踏に紛れ、迷いなく歩き出すレドリーに、ルロイが呼びかけた。
「本当は死にたかったんじゃないか?」
レドリーは歩みを止めずに、ルロイを見下ろす。ルロイは顔を上げずに、
「本当は、死にたかったんじゃないか? そのまま、自分のままで」
レドリーも視線を外して前を向くと、
「そうですね」
感情のこもらない声で言った。
「混乱が落ち着いて、冷静に考えたら、あの時に死ねば良かったと思いました。何故、死なせてくれなかったのかと」
「それは本人に……クリスさんに言った?」
「言いました。先ほどと同じ調子で「そうだね」と言い、私を魔道士にしました」
「お、おお……そう、か」
レドリーは再びルロイを見下ろして、
「あなたも死にたかったのですか?」
「え?」
「ルロイ・ハートとなった後に」
顔を上げたルロイは、レドリーと視線を合わせ、ふいと顔を背ける。
「……魔道士には分かんのか」
「私とクリスは、魂に関する魔術が専門なので。あなたの魂には、過去の記憶が刻まれています」
ルロイは、自分の髪をくしゃくしゃとかき混ぜて、
「……でも、話したい」
「どうぞ」
レドリーの無感情な声に、ルロイは息を吐いた。
「あー……歩きながらでいいか?」
「構いません」
「だよなぁ」
苦笑しながら、ルロイは口を開いた。
北部の小さな農村で、両親と兄の四人で暮らしていた。ごく普通の暮らし。
父の農場を兄が継いで、自分はその手伝いをするか、町に出るか。そんなぼんやりした日々が壊れたのは、ある嵐の日だった。
兄が、行方不明になったのだ。
「兄さんはその時、14歳だった。その頃、同年代の子どもが行方不明になる事件が続いて、兄さんも巻き込まれたんじゃないかって」
ルロイは淡々と言葉を紡ぐ。
「犯人のところから被害者の一人が逃げ出してさ、近くの家に駆け込んだんだ。それで犯人も捕まったし、犯人の自宅に監禁されてた、残りの被害者も助け出された。でも、その中に兄さんはいなかった」
どこか夢を見ているような目で、ルロイは続けた。
「犯人も、兄さんのことは知らないってさ。でも、両親は……母さんは、それを信じなくて。兄さんは誘拐されたんだって。ちゃんと捜査しろって、警察に何度も押しかけて。同じ年頃の子どもを、兄さんだと言って付き纏ったりして」
自嘲するように、ふっと笑いを漏らす。
「そんなことやってりゃ、周囲から厄介者扱いされる。最初は同情的だった村の人たちも、俺たちを避けるようになって。とうとう、収穫物の取り引きを拒否されるようになって。父さんは耐えられなくなって、出て行ったよ。今じゃ、生きてんのか死んでんのかも分かんねえ」
レドリーは何も言わない。ルロイは、独り言のように続けた。
「身元不明の遺体が出れば、母さんはどんな遠いところでも確認しに行ったよ。最初は、兄さんでなければいいと思ってた。別人だったと聞いてほっとした。でも、半年経って、一年経って、二年、三年と過ぎて、思うんだ。今回の遺体が兄さんだったら、終われるのにって。今度こそ、兄さんであってくれって」
その時のことを思い出したのか、ルロイは長い溜め息を吐く。
「……酷い嵐の日だった。兄さんがいなくなった日と同じ。母さんが、『兄さんの声がした』って言い出して。俺が止めても、母さんは聞かなくて。兄さんを探すために、出て行った。俺は、俺はさ……疲れてた。疲れてたんだ。学校にもろくに行けなくて、畑は荒れていくばかりで。だから……だから、俺は、家を出なかった。母さんを、追いかけていかなかった」
沈黙。
ルロイは顔を上げて視線を彷徨わせ、
「翌朝、村外れで倒れてる母さんが見つかった。ずぶ濡れで、野犬に襲われのか、傷だらけで。その時、思ったんだ。もういいかって。だから、あの崖に行ったんだ」
ぼんやりとレドリーを見上げ、ふっと笑う。
「先客がいて、気勢を削がれたけどな。どこのどいつか確かめてやろうと、鞄を漁った。その時に免許と、遺書を見つけた。陳腐な内容だったけどな。でも、母親に届けてやろうと思ったんだ。あそこから飛び降りると、遺体が上がりづらいからな」
「親切心ですか」
レドリーの言葉に、ルロイはぽかんと口を開け、堪えきれず吹き出した。
「かもな。俺と同じ苦労を味わせるのも、可哀想だろう?」
「あるいは、あなたの母親と」
ルロイはレドリーから視線を逸らし、言葉を続ける。
「まあ、無駄足だったけどな。書いてあった住所に行ったら、家には別人が住んでた。近所で聞いてみたら、母親と、ついでに父親も、とっくに亡くなってると。一人息子はきちんと身辺整理してから、飛び降りたらしい。俺には真似できない几帳面さだ」
ルロイは腕を広げ、肩をすくめると、
「で、そん時に考えたんだ。あんたがいらないなら、俺がもらってやるよって。あんたにとってはクソな人生でも、俺のよりはマシだろってさ。相手は死んでっから、俺の人生を押し付けることもないしな」
すっきりしたというように、顔を上げて言った。
「でも、あん時に死んどきゃ良かったかもな。そうすりゃ、今こんなことになってないのに。失敗したなー」
レドリーは、じっとルロイを見つめ、
「アマンダ・リデルと出会ったことも、失敗ですか?」
「……アマンダは死んだ」
「出会わなければ良かったですか?」
ルロイは、ぐっと口を引き結び、低い声で言う。
「……いいや」
「では、良かったのでは?」
ルロイはレドリーを見上げ、呆れたような諦めたような笑いを浮かべた。
「ああ。あんたの言うとおりだ」