あなたに似た人2
「十年前、私の弟が行方不明になったのをきっかけに、私は魔道士になった。目的は弟を探す為。警察を信頼していなかったわけではなく、私の友人が、たまたま魔道士と知り合いでね。弟のことを相談してくれたんだ」
クリスは、穏やかな口調で語りだす。
「友人も、相談を受けた魔道士も、善良な人間だった。善意で、本当に善意で、弟が、魔道士であることを暴いてしまったんだ」
「えっ? でも十年前じゃ」
ルロイが小声で呟くと、クリスは頷いて、
「そう。あの子はまだ子どもで、魔術に傾倒しているなんて、全く予想外のことだった。そのせいで、彼らは弟に殺された」
「は?」
動揺するルロイを尻目に、クリスは、ふと、という調子で、
「ああ、警察が事件の鑑定を魔道士に頼むのは、そういう理由があるんだ。魔道士を探ることは、危険極まりない行為だからね。対抗策を取れる魔道士でないと」
と付け加える。
「対抗策を突破されることもあります」
何故かレドリーが口を出し、
「そうなんだよ。だから、鑑定を引き受けたがる魔道士が少なくてね。君にばかり負担が掛かって、申し訳ないと思っている。君は、魔術への耐性がとても高いから」
クリスは息を吐いた。
「ああ、話しが逸れたね。弟は魔道士であるうえに、悪意を持って魔術を使う。それが分かったから、私も魔術を修めた。これ以上、犠牲者を出さない為に」
クリスはカップの中を見つめる。その視線は、悲しみなどとうに麻痺したかのように、静かだった。
「身元不明の遺体が見つかるたびに、警察へ確認に行ったよ。弟の死を願うなんて、薄情に聞こえるだろうが、これ以上の犠牲を出してほしくなかったんだ。でも、生きていてほしいとも願っていた。勝手だね」
ルロイは何も言えず、もぞもぞと身じろぎした。
分かってしまうから。クリスが、弟に死んでくれと願い、同時に生きていてほしいと希望を抱く気持ちが。
「魔道士になって、時折だが、警察へ協力するようになった。行方不明の弟を探している手前ね。それに、弟の魔力の痕跡が見つかるかもしれない、とも思ったから。それで、レドリーが巻き込まれた事件にも、駆けつけたわけだ」
クリスに視線を向けられても、レドリーは無反応だった。クリスは口元に笑みを浮かべ、
「君から説明したほうがいい。彼を助手にしたのなら」
クリスの視線が、ルロイに向けられる。
「一度、魔道士と認識されてしまえば、覆すことは不可能だ。ハートさんの人生を歪めた責任は、君にある」
「いや、俺は」
ルロイが口を開くが、そこにレドリーの声が被さった。
「私の人生を歪めた責任を、貴方は感じているのですか」
「感じているよ、勿論。だから、説明しているんだ」
クリスを見つめるレドリーの視線が険しくなり、ぐっと口元を引き結ぶ。
それから、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「私は、見知らぬ男に拉致されました。その男は魔道士で、もう一人の拉致された男と、私の魂を入れ替えたのです。彼は実験だと言いました。実験台になってくれてありがとう、と」
口調は静かなまま。じわりと怒りの感情が滲む。
手を添えられたティーカップが、カチャリと音を立てた。
「男がいなくなって、この人が来ました。自分は魔道士だと言い、私を助けると言いました。私の体は、もう死んでいるのに」
息をつぎ、言葉を続ける。
「元の体には戻せないから、私の魂がこの体に馴染むようにすると。その為には、魂を漂白するか、魔術への耐性を高めるかの二択だと。魂を漂白してしまえば、全ての記憶を失い、二度と戻せない。私は別人として、この体の人格として、生きることになる、と。魔術への耐性を高めるには、魔道士になるしかない。その場合、重篤な後遺症が残る、と」
レドリーは、ひたとクリスを見据えた。
「この人は、私に選ばせた」
「そう。君に選ばせた。混乱し、何も分からない君に。魔道士になることがどのような意味を持つのか、どのような後遺症が残るのか、それによって、君の人生がどう変わるのか。君に説明することも、考える時間を与えることもせずに」
クリスは穏やかな口調で言い、わずかに首を傾げる。
「今でも、それが正しかったのか分からない」
レドリーは口を開き、閉じて、息を吐いてからティーカップをあおった。
喉を鳴らして、中身を飲み下す。
再び視線をクリスに据え、
「正しかったですよ、クリス。私は生きたかった。死にたくなかった。どんな結果になろうとも」
静かな声で言った。
「それは、今も変わりません」
レドリーは、空になったカップをクリスのほうに押しやる。
「犯人があなた方に接触するのは確実でしょう。保護を希望しますか?」
「いや。私と弟のことは心配しなくていい。君はハートさんを守りなさい。私なら、彼を狙う」
突然の言及に、ルロイはカップをひっくり返しそうになった。
レドリーは頷き、立ち上がる。
「ありがとうございました、クリス。急に押しかけて申し訳ありません」
「構わないよ。必要なことだから」
「あなたの弟さんにも、謝罪を」
レドリーの言葉に、クリスは穏やかに微笑んで、伝えておくと言った。
戸惑うルロイは、レドリーがそのまま出て行こうとするので、慌てて立ち上がる。
「あ、あの、すみませっ」
「いいから、彼の側を離れないように。あなたはまだ、対抗する術を持っていないのだから」
クリスに促され、ルロイは頭を下げると、バタバタとレドリーの後を追った。
クリスは二人の姿を見送った後、緩やかに頭を振る。
「……元の体に戻ることは、私が許さない。今は、あの子が私の弟だ」