あなたに似た人2
遺体の運搬を刑事たちに任せ、レドリーとルロイは所轄署へ向かう。
無言で歩くレドリーの横で、ルロイも緊張から鼓動が早くなるのを感じていた。
署につき、受付で要件を告げていると、背後からルロイの名を呼ばれる。振り向くと、知り合いになった刑事が強張った顔で近づいてきた。
「ハートさん、そちらは」
刑事の問いに、レドリーが口を開く。
「レドリー・ダンカン、魔道士です。彼は、私の助手です」
そう言って手で示されたルロイは、「そういうことです」と会釈した。
「助手……」
刑事の呟きと顔に差した影を見て、ルロイは冷めた目になる。
何度も何度も見てきた顔。相手にとって、自分は「違う存在」になったのだ。「恋人を失った哀れな青年」から、「得体の知れないもの」に。
ルロイは、はっきりと分かる作り笑顔で、
「お手数ですが、先生にアマンダ・リデルの遺体を見せていただけますか?」
「…………」
悲しげな顔をする刑事に、ルロイは眉ひとつ動かさなかった。先に線を引いたのはお前だろう?
「……こちらです」
刑事は先に立って歩き出した。レドリーとルロイも、黙ってついていく。
保管所の空気はひやりとしていて、三人の靴音だけが高く反響した。
刑事は、担当らしき職員に近づいて言葉を交わし、今度は職員が先に立って、扉を開ける。
取手のついた四角い扉が並ぶ壁に、大きめのロッカールームのようだとルロイが考えていたら、「こちらです」という声がして、ひとつのロッカーが開けられた。
台ごと引き出され、覆いをめくられると、ルロイは堪えきれず顔を背ける。今、アマンダの顔を見て、平静でいられる自信がなかった。取り乱し、大声をあげて、つまみ出されるかもしれない。なにより、レドリーの邪魔をしたくなかった。
一呼吸の間をおいて、レドリーが静かに言う。
「魔道士が関与しています。この事件は、私が引き継ぎます」
手続きの間、ルロイは無言だった。
魔道士が関与しており、レドリーが事件を引き継ぐ。これで捜査が進む。アマンダを死に追いやった魔道士を見つけられる。
そう、アマンダを死に……。
「ルロイ」
呼ばれて、ハッと我に返った。
レドリーが無表情で見つめてくる。まるでガラス玉のような目からは、なんの感情も読み取れず。
ルロイは目を伏せ、口を開いた。
「なあ、アマンダが死んだのは、魔道士のせいなのか?」
「そうです。魂を入れ替えられ、ショック反応を起こし、車に轢かれました。あなたが会った、中年男性でしょう。その方は魔術への耐性が低かった為、急激な反応が出たと考えられます。おそらく、アマンダ・リデルには耐性があり、あなたに会うまで正気を保っていられたのでしょう」
レドリーの淡々とした言葉に、ルロイは息を呑んで唇を噛む。そして、絞り出すように言葉を続けた。
「もし……もし、俺が、あの時アマンダの言葉を聞いていたら、結果は変わったのか……?」
「死因が変わっただろうと思われます」
リドリーの言葉に、ルロイは目を剥いた。
「どちらにせよ、アマンダ・リデルも男性も――カルロ・ダニーズという名前ですが――まずは精神、次に肉体が拒絶反応を示して、亡くなったかと」
「…………」
抗議しようにも、リドリーの無感情な目が揺るぎない事実を突きつけているようで、ルロイは息を吐いた。
「……助ける方法はなかったのか?」
リドリーは口を開き、閉じて、宙に視線を向ける。
意外な反応に、ルロイが目を瞬かせていると、
「……一人だけ、心当たりが」
歯切れ悪く、リドリーが言った。
「へ、へえ? 俺が知ってる……わけないか。魔道士なんだろう?」
ルロイが聞くと、リドリーは顔を背け、
「……これから知ります。その方のところへ向かいますので」
「お、おう? そうなのか? ああ、専門家に意見を聞くってわけか」
魂を入れ替える魔術について、特に詳しい相手なのだろうと、ルロイは見当をつける。
リドリーは顔を上げ、ルロイに暗い目を向けてきた。初めて見る表情に、ルロイは気圧されて一歩下がる。
「恐らく、事件に関与しています。今朝がた発見された遺体に、魔力の痕跡がありましたので」
「え? あっ、ええ?」
戸惑うルロイの前で、リドリーの暗い目が閃いた。発せられた声は、地の底から響くかのよう。
「クリス・ノーマン。魂を入れ替えられた私を助け、魔道士にした方です」