あなたに似た人2
ルロイが目を覚ますと、顔を覗き込んでいるレドリーと目が合った。
「う? うおあああああ!?」
一瞬の戸惑いの後に飛び起きたルロイを、レドリーは無表情でかわす。
「なっ!? なんっ!? はっ!? えっ!?」
ルロイが焦りながら周囲を見回すと、間違いなく自分の部屋だった。
レドリーは、平坦な声で「おはようございます」と言い、
「急遽、鑑定依頼が入ったので、一緒に行きますか?」
「は……はあ? あ、え?」
戸惑うルロイに、レドリーは同じ言葉を繰り返す。ルロイは寝癖のついた巻き毛を指でかき回しながら、
「あ、あー、つまり、新しい事件があった?」
「はい」
「それで、魔道士のお前が、鑑定に行かなければならない?」
「はい」
「で、俺との先約があるから、一緒に行くか聞きに来たってこと? か?」
「はい」
一本調子に簡便な返答をするレドリーに、なるほど、とルロイは頷いた。
「だからって不法侵入するんじゃねえ。魔道士ってのは常識もわきまえねえのか」
怒りを込めて睨みつけるが、レドリーは相変わらずの無表情で、
「寝ていたようなので」
と返す。
「チャイムを鳴らせばいいだろ!」
「近所迷惑になりますよ。常識です」
ルロイが反論しようと口を開くが、レドリーは腕時計に目をやり、
「時間です。私は現場に向かいます」
そう言って、くるりと背を向けた。
そのまま部屋を出て行こうとするので、ルロイはベッドを飛び出し、慌てて床に落ちていたシャツを掴む。
「待て待て! 俺も行く!!」
「時間ですので」
振り向きもしないレドリーを、ルロイはズボンを引っ張りあげながら、バタバタと追いかけた。
「待てって! 待ってください!! お願いします!!」
「時間ですので」
レドリーの到着を制服姿の警官が告げ、年配刑事のウィリアムが近づいてくる。
「やあ、先生。朝早くにすみません。そちらの方は?」
覗き込まれて、ルロイが口を開くより早く、
「助手です」
レドリーが簡潔に答えた。
「今日から同行します。問題がありますか?」
その問いに、近くにいた若い刑事のニールがびくりと身を縮める。
「ありませんよ、もちろん」
ウィリアムが愛想良く言って、「こちらです」と歩き出した。
レドリーが付いていき、ルロイも何食わぬ顔で後を追う。ニールに視線を向けられ、内心ヒヤヒヤしながらも、平静を装っていた。
「あなたも……魔道士なんですか?」
ニールが、恐る恐るといった口調で話しかけてくる。それに対して、レドリーがぐるんと首だけ回し、
「見習いです」
「怖えよ!!」
思わずルロイは声を上げた。
刑事二人の驚いた顔にハッとして、誤魔化すように咳払いし、
「んんっ、いきなり振り向……かないでください、先生」
「すみません」
レドリーは前を向いて、何事もなかったように歩き出す。
ウィリアムはニヤニヤ笑い、ニールは信じられないものを見るような目を向けてきた。
ルロイは開き直って、「先生がすみません」と頭を下げる。
「いえいえ。ダンカン先生には、いつもお世話になっております。ああ、そこです」
ウィリアムが、グレーの覆いがかけられた場所を示した。盛り上がりかたからそこに死体があるのだと気づき、ルロイは顔を強張らせる。レドリーは覆いに手を掛け、無造作に持ち上げた。咄嗟に顔を背けたルロイの耳に、「綺麗ですね」というレドリーの声が聞こえる。
「ええ、まるで直前まで生きていたようです。その割には、冷え切っていますが」
続いてウィリアムの声がした。ルロイが恐る恐る目をやると、遺体は膝をついたレドリーの陰になって見えない。そのことに、ルロイは安堵の息を吐いた。
「魂を抜かれています」
「では」
「はい。魔道士が関わっているので、私が引き継ぎます」
横でにが体の力を抜く気配を感じ、ルロイは視線を向ける。相手が気まずそうに目を逸らし、ポケットに入れた左手の中で、何かがカチャと音を立てた。
「先生は、今からなにを?」
ウィリアムが、レドリーに声をかける。
レドリーが空中から紙束を出しても今さら驚かないのだが、一枚を抜き取って遺体の顔に乗せるのは初めて見た。
「顔を写し取ります」
レドリーは相変わらずの一本調子で返す。そして、言葉足らずだと考えたのか、「捜査に使います」と付け加えた。
目の前で、ただ指を回しただけのように見えるが、レドリーがつまみ上げた紙には、写真と見紛うほど精巧な似顔絵が描かれている。
ウィリアムは感嘆の息を吐いて、
「見事なものですねえ」
と言った。
「この人の身元を調べます」
淡々と話すレドリーに、しかし刑事はおやっと顔をあげる。
いつもの無表情だ。けれど、なにか、ほんの僅か、違和感を覚えた。
それを確かめる前に、レドリーはニールとルロイに向き直り、
「では行きます」
「え? どこへ?」
ルロイが間の抜けた声を上げる。レドリーは構わず歩き出し、
「約束の時間です」
と、ルロイたちの横を通り過ぎた。
「いや、ちょっ、えっ? こっちはもういいの、ですか?」
狼狽えるルロイに、ウィリアムは笑って頭を下げ、
「先生はお忙しいようなので、後の手配はこちらでやっておきます」
ルロイは躊躇するそぶりを見せたが、すぐに「お願いします」と言って、レドリーを追いかけていく。
横でほっと息をつくニールを小突いて、ウィリアムは遺体を運ぶ手配をすべく、歩き出した。