あなたに似た人1
ふと、気づく。
ここはどこなのか。
自分はどこに向かっていたのか。
雑踏の中、立ち尽くした。迷惑そうな顔で避けていく人々に、時折ぶつかられても。
見知らぬ建物と、見知らぬ人々。見知らぬ町の景色に心臓が跳ね、呼吸が荒くなっていく。
そもそも自分は……自分はいったい……?
顔を向けた先に、ショーウィンドウがあった。ガラスに映る男を、自分は知らない。
「あっ……あ……?」
口元に手をやると、ガラスに映る見知らぬ男も同じ動作をする。
湧き上がってくる恐怖に声をあげそうになりながら、闇雲に走り出した。
どこへ行こうというのか。
見知らぬ道を、しかし迷いなく駆けて行く。
知らない景色。本当に?
知らない建物。本当に?
知らない曲がり角。本当に?
本当に? 本当に知らないのか?
この先にあるものを。
この先に待つ人を。
知らない知らない知らない知っている。知っている? 本当に?
そう、知っている。知っているのだ。
この角を曲がり、この階段を駆け上がって、この扉を開ければ。
勢いよく開けた扉の向こう、リビングらしき部屋で、ぽかんと口を開けて自分を見つめている、スーツ姿の男。帽子を手にしているのは、外出から戻ってきたからだろうか。きちんと髪を撫でつけ、髭を剃り、チリひとつないグレーのスーツを身につけている。その生真面目な装いに、自然と口角が上がった。
そう、そうだ。それでこそ、自分の「兄」だ。
荒い息のまま、笑顔を浮かべて口を開く。
「ただいま、兄さん」
クリス・ノーマンは、二、三度瞬きした後、そろそろと帽子をテーブルに置いた。
次に、固く目を閉じて、たっぷり十秒数えた後、恐る恐る目を開ける。
それでも、目の前の光景は変わらなかった。
弟が。
十年前に行方不明になり、駆けずり回って探した弟のウェインが。
身元不明の遺体が出たら、地方だろうと足を運び、弟であってほしくないと祈り、今回も見つからなかったことに落胆し。
生存を信じ、諦めかけていた弟が。
両手を広げて立っている。悪戯っ子のような笑顔で、歓迎されることを疑わない笑顔で。
だから、
「ウェイン……!」
大股で駆け寄り、きつく抱きしめた。
「ちょっ……! 痛いよ、兄さん」
抗議と笑いが入り混じった声は、間違いなく弟のもの。
今までどこにいたのか。どうして連絡をよこさないのか。どれほど心配したか。言いたいことは何ひとつ出てこない。
代わりに、絞り出すような声で「おかえり」と言った。
「うん。ただいま、兄さん」
弟が、どこか安堵した声で言った。
「僕は……あなたの弟だよね?」