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死神と魔法使い2

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「子供は出来なかった。それでも、夫は私を愛してくれた。私も、精一杯の愛情を返したつもりよ。あの人は、私の命なの」
「だから殺した?」

ヴィクトルの問いかけに、婦人は微笑んで、

「やっぱり。あなたなら分かってくださると思った。あなたの目、私の大叔父にそっくりよ。あの時、大叔父だけが分かってくれた。私が、夫をどれだけ愛していたか」

ほうっと息を吐いて、老婦人は続けた。

「夫は、病に倒れたの。何人ものお医者様に診てもらったわ。でも、駄目だった。手の施しようがなくて。私、魔道士にも会いに行ったのよ」

当時を懐かしむように、婦人は目を細める。

「皆に責められたわ。罪人を頼るなんて、と。でも、私の話を親身に聞いてくれたのは、魔道士たちだけだった。薬や魔法陣をたくさん持たせてくれたわ。捨てられてしまったけど。ああ、その時も、大叔父だけは庇ってくれたわね」

黒衣の婦人は視線を彷徨わせ、堪えるように唇を引き結んでから、言葉を続けた。

「夫は泣いたわ。自分のせいで、私が罪を犯してしまったと。魔道士と関わったせいで、私が地獄に落ちると、本気で信じていたの。あんなに明るくて陽気な人が、まるで別人みたいに落ち込んでしまって。それで……自殺しようと」

ぐっと一回言葉を切ってから、大きく息を吐くと、

「私が地獄に落ちるなら、自分もそこで待つと。自殺したら、地獄に落ちると信じていたのよ。今なら……そんなことはないと、言えるのだけど」

ぎこちない笑みを浮かべて、老婦人は目尻を拭う。

「私が見つけたとき、あの人は死にきれなくて苦しんでた。もがいて苦しんで、声も出せなくて。だから、私が殺したの。あの人が自殺を図ったのは、私のせいだから」
「そうですか」

ヴィクトルの静かな声に、婦人はくすくすと笑いをこぼした。

「やっぱり、あなた、大叔父にそっくり。私を責めないし、否定もしない。だからこそ、私、残ってしまったのね。夫と……大叔父に、どんな顔で会えばいいのか。それに、夫よりだいぶ年上になってしまったわ。私が罪を犯したのは、あなたくらいの頃。最初は夫の後を追うつもりだったけど、自分で死を選ぶのは違う気がして……。ふふ、きっと、向こうで叱られるわね。待たせすぎだって」
「なにか、きっかけがあったんですか?」

ヴィクトルに聞かれ、婦人は考えるそぶりをしてから、

「あった……わね、きっと。あの時、あなたを見たから」
「俺を?」
「そう。同居のお話は断ったけど、孫みたいな年の子でしょう? どんな人と暮らすのか、気になって。良い死神……という言い方もおかしいけれど、まあ、様子を見にきたの。そうしたら、あなたが出てきて」
「俺が」

うふふと笑って、老婦人はヴィクトルを見上げた。

「あなたの目、大叔父にそっくりだと言ったでしょう? だから、一目で大丈夫だって思ったの。この人が一緒なら安心だって。そう思ったら、急に夫に会いたくなったわ。あの人、天国で再会したら、どんな顔をするかしら。早く会いにいきなさいと、大叔父に背中を押してもらった気分よ。それで、最後にあなたとお話したかった」

そう言って、婦人はヴィクトルに頭を下げる。

「年寄りの戯言だと聞き流してちょうだい。でもね、あなたに会えて、私は救われたわ。ありがとう」
「…………」
「ふふ、困らせてしまったわね。さようなら、ミスター。向こうで会えたら、名前を教えてちょうだい」

ヴィクトルが呼び止める間も無く、黒衣の婦人は闇に溶けていった。



輝く水面に、観光客の声がこだまする。ボートを漕ぐ恋人たちに、ほとりを散策する家族連れ。ランディは、彼らの間を縫うようにして、郵便局へ向かった。

「やあ、ランディ。今日はどうした?」

顔馴染みの局員が話しかけてきて、ランディは手を上げて応える。

「週末のパーティーを欠席することになってね。お詫びに電報を打っておこうかと」
「そうかい。奥さんの調子が良くないのか?」
「いや……まあ、あまり無理はさせたくないんだよ。その、夜は冷えるしね」
「ああ、傷が痛むんだろう。うちの婆さんもそうだった。そういうときは、熱いチョコレートを飲んでさっさと寝ることだ。まだ早いなんて言わないで、毛布を多めに出してやるといい」
「そうするよ、ありがとう」

電報を手配すると、雑談を切り上げて外に出る。彼らに笑顔を向けるのが、段々苦痛になっていた。そろそろ、別の町に移る潮時かもしれない。
彼らは、セレンが魔道士だと知っている。それでも受け入れているのは、ひどい火傷痕があるからだ。その傷は神の炎に焼かれた痕であり、罪が浄められた証であり、神の裁きを受けた者をそれ以上責めてはいけないと。
ぐっと息を飲み込んで、ランディは帰り道を急いだ。途中、店に寄って、スミレの砂糖漬けと紅茶用の飾り砂糖を買い求める。午後のお茶に添えたら、セレンは喜んでくれるだろうと考えながら。

玄関を開け、ランディは家の中へ声をかけた。

「セレン、ただいま。電報を手配して」
「遅かったじゃない、ランディ」

背後から聞こえた声に、ギョッとして振り返る。輝くような金髪を揺らして、妖艶な視線を向けてくる美女に、ランディは目を見開いた。

「ジャネット、どうして」
「あら、これは私へのお詫び? あなたも少しは気がきくようになったじゃない」
ランディが持っていた紙袋を素早く奪い、ジャネットは手を入れた。
「違う! それはセレンに」
「なあに、これ? スミレの砂糖漬けは好きじゃないのよ。もう忘れたの? あなたって昔からそう。だから、セレンなんかに捕まるの。ま、それも今日まで。感謝しなさい、この私が迎えにきてあげたんだから」

ジャネットは無造作に紙袋を床に放り投げる。ランディが慌てて拾い上げている間に、ジャネットは階段へ歩いていった。

「セレン! セ〜レ〜ン〜! あなたって昔からグズなんだから。さっさと出てきなさいよ。私を待たせないで」
「ジャネット! 出ていってくれ! 君と話すことなんか」
「セレン! このグズ! なにをノロノロしているの! それとも、そのみっともない顔を晒すのが、そんなに怖い? 今更じゃないの。むしろ、素敵になったんじゃない? あなたの地味な顔が、一度で覚えてもらえるようになったもの」
「ジャネット!!」
「ランディ、おかえりなさい」

セレンが、杖をつきながら階段の上に現れる。勝ち誇った顔のジャネットに視線を向けて、溜め息をついた。

「ジャネット、いくらなんでも不作法だわ」
「あら、あなたが私に意見する気? 随分な口を聞くわね?」

腕を組んでツンと顔を上げるジャネットに、セレンはもう一度溜め息をついて、

「ランディ、私は大丈夫だから。荷物を置いてきて」
「セレン!」
「あらまあ、見せつけてくれるじゃない。『ランディ、私は大丈夫だから』ですって。仲良しごっこはもう十分でしょう?」

ジャネットは階段に足をかけると、キッとセレンを見上げる。

「いいから、ランディと別れなさい。よくも、私から奪ってくれたわね?」
「ジャネット! ふざけるのもいい加減にしろ!!」

ランディが怒鳴りつけると、ジャネットも負けじと声を張り上げた。
作品名:死神と魔法使い2 作家名:シャオ