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死神と魔法使い2

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「他人の研究を、よく理解せずに使っちゃったんでしょう。実験内容の高度さと、魔力干渉を防ぐ仕組みの杜撰さが釣り合ってません。これは僕の勘ですが、恐らく、元はセレン女史の研究です。彼女は、非常に優秀な魔道士ですよ。見た目は地味ですが」
「お前なあ」

スープを平らげ、ルイスはくすくすと笑う。

「見た目って重要でしょう? 特に若いうちは。神の祝福を受けたがごとき美貌のジャネットと、平凡なセレン。研究内容を盗まれたと言い立てたとして、どちらの言い分が通ると思います?」
「……魔道士ってのは……いや、魔道士に限らないか」
「ねえ。世知辛いですねえ」


くすんだ灰色の髪を、風が乱した。庭のベンチに腰掛けた女性は、左手をぎこちなく動かしながら、手元の紙にペンを走らせている。

「セレン、風が出てきたよ。そろそろ中に入ったほうがいい」

夫であるランディの声が聞こえ、セレンは顔を上げた。杖を手に促してきたランディの濃い茶色の目を見つめてから、手元に視線を落とす。震える手でペンをケースに戻すと、左手を差し出した。

「……そうね。ランディ、お茶を淹れてくださらない?」
「もちろん。昨日のスコーンがまだ残ってるから、それも温めよう。クリームとジャムを持ってくるよ」
「お願いするわ」

ランディは妻に杖を渡すと、ベンチに残された筆記具と紙束をまとめて抱える。ゆっくりと家に戻るセレンの歩調に合わせて、隣を歩き出した。



注がれた紅茶から、ふわりと香りが立つ。ランディは、スコーンを割ると、小さく千切って、クリームとジャムを乗せた。そのまま、隣に座るセレンの口元に持っていく。

「さあ、どうぞ」
「ランディ、自分で食べられるわ」
「僕がしたいんだよ。さあ、口を開けて」

セレンは、聞き分けのない子の相手をするように微笑むと、小さく口を開けた。ランディの指が離れたのを見計らって、スコーンを咀嚼する。

「ん……美味しい」
「良かった。さあ、紅茶はどう? ちょっと待って、冷ましてあげよう」
「ランディったら。子供じゃないのよ?」

紅茶に息を吹きかける夫に、セレンはくすくすと笑った。ランディも笑みを浮かべると、セレンの口元にカップを寄せる。喉が動いて、紅茶を飲み下したのを確かめてから、

「セレン、週末のパーティーは欠席しよう。夜は冷えるし、君が楽しみにしてた望遠鏡だって届くから」
「私は気にしないわ」

穏やかなセレンの声に、ランディは唇を噛んで拳を握った。

「僕は嫌だ。君は見せ物じゃない……それに、彼らはジャネットと親しいから」
「ランディ」
「確かにジャネットは綺麗だ。あの頃の僕らは、彼女に夢中だったよ。それを言い訳するつもりはない。だけど、もう二十年だ。いい加減、分かるだろう。魔道士に必要なのは、外見じゃない」
「ランディ、私は大丈夫だから」

ランディは、心配げなセレンの頬に手を添えて、引き攣れた肌を撫でる。髪にキスをして、薄い肩に腕を回した。

「僕は君を愛してる。だから、放っておいてほしいんだ。彼らに近づくと、また憎しみに囚われてしまうから」
「…………」

セレンは頭をランディの肩に乗せると、労わるように彼の腕を撫でる。

「ランディ、やっぱり、週末は静かに過ごしたいわ。天気も良さそうだし、望遠鏡の調整もしたいから」
「……そうだね。うん、それがいい。僕から欠席の連絡をしておくよ。電報も打っておこう。高明な魔道士からの言葉だ。額に入れて、よく見える場所に飾ってもらいたいね」
「ランディったら」

くすくすと笑うセレンを、ランディは壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。


「今回は、一般の宿を取ります」

お茶の時間、ガイドブック片手に、ルイスが高らかに宣言した。
ヴィクトルが紅茶を淹れながら、顔も上げずに、

「向こうに、魔道士用の宿はないのか」
「ありますよ。というか、レディが必要な場所に宿を作るので、予約すればいいんですけど、今回は使いません」

ヴィクトルは、ルイスの前にティーカップを置き、アップルパイを取り分ける。

「へえ。なんでだ?」
「お説教の続きが始まるので」

ルイスがキッパリ言うと、ヴィクトルは呆れたように首を振って、

「自業自得だ、馬鹿」
「酷い!」
「で? どこだって?」

ヴィクトルが席に着くと、ルイスはガイドブックを広げて差し出した。

「ここです。湖の近く。今の時期は観光客も多いですし、紛れ込むにはうってつけですね」
「宿が取れるのか?」
「そのくらい、どうとでもなります。いざとなったら、魔法で洗脳できますし」
「ええ……」
「違法なので、やりませんけど」

しれっと言って、ルイスはアップルパイにフォークを突き立てる。

「調査員が違法行為って、笑えますね」
「笑えねーよ」
「バレなきゃいいんですよ、バレなきゃ」

朗らかに笑いながら、ルイスは手を伸ばしてガイドブックのページをめくった。

「それに、あなたもたまには、人の作った料理が食べたいでしょう?」
「えっ」

ヴィクトルは目を見張り、ルイスを見つめる。

「お前、俺に食事は必要ないって、忘れてないか?」
「あっ、このレストラン、湖で獲れる魚が食べられるそうですよ? 楽しみですね!」




深夜。音も立てず集合住宅から出てきたヴィクトルに、黒衣の婦人が近づいてきた。

「いい夜ね、ミスター」

老年の婦人の言葉に、ヴィクトルは帽子に手を添えて会釈する。死神同士、名乗ることはない。

「こんばんは、ミス」
「ミセスよ。夫は先に行ったわ」

どこへ、とは聞かず、ヴィクトルは歩き出した。老婦人も隣に並ぶ。

「あなたが、魔道士と同居してる死神なのね」
「成り行きでね」
「私も頼まれたの」

ヴィクトルが顔を向けると、婦人はうふふと笑った。

「でも、こんなお婆さんではね。あなたのような若い人の方が、気が合うでしょう?」
「そう若くもないですけどね」
「あら、そうは見えないわ。あなたの残りは?」

それが、死神の「任期」を指した言葉だと分かったヴィクトルは、帽子を被り直し、

「あと五年……ですかね」
「そう。延ばすのかしら?」

神が定めた死神の任期を終えれば、天国への門が開く。だが、すんなりその門をくぐる死神はそう多くない。彼らは、自分の罪がその程度で許されるとは思っていないから。
自らの意思で、地上に残ってしまうのだ。
ヴィクトルは夜空に視線を向けて、気のない返事を漏らす。

「どう……ですかね。二十年は短い気もします」
「そう。私は十年だった。けれど、結局八十年残ってしまったわ」

老婦人は黒い手袋を嵌めた手で、そっと髪を撫でる。

「でも、次の降臨祭で門をくぐるつもり。夫を、だいぶ待たせてしまったから」
「そうですか。……理由を聞いても?」
「もちろんよ。誰かに聞いてほしかったの」

婦人は穏やかに微笑むと、

「私ね、夫を殺したの」

と言った。



「陽気な人でね。楽しいことと、楽しませることが大好きな人だった。あの人の明るさに惹かれて、結婚したわ。大変なことも多かったけど、振り返れば笑い話ね。夫がいれば、どんなことも乗り越えられたわ」

老婦人の声が、昔を懐かしむように響く。
作品名:死神と魔法使い2 作家名:シャオ