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死神と魔法使い2

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二十年前。

「凄いな、ジャネット。これだけの器具を揃える魔道士なんて、そうそういないよ」

濃い茶色の目を輝かせて、年若い青年が実験器具から顔を上げた。アルコールランプに熱せられたフラスコの中で、煙がゆっくりと白い渦を巻いている。
部屋の主であるジャネットは、輝く金髪をかき上げ、豊かな胸を張って応えた。

「ありがとう、ランディ。大変だったけど、今回の実験には、どうしても必要な物だから」

ランディは、うっとりとジャネットを見つめて、

「君は凄いね……。とても同い年とは思えないよ。前回の論文も」
「ランディ」

彼の言葉を遮り、もう一人の女性が声を掛ける。まるで影に溶け込むかのような、くすんだ灰色の髪に痩せぎすの体。ジャネットとは対称的な存在。

「あまり近づかないほうがいいわ。魔力の流れが不安定になる」
「あ、ああ。ごめんよ、セレン」

ランディが一歩下がると、ジャネットが腰に手を当てて、

「もう、セレンってば。心配のしすぎだわ。この装置が完璧なことは、あなたが一番分かってるでしょう?」
「ジャネット……実験に完璧などないわ。先生が」
「先生、先生って。セレンってば、そればっかりね。あんなおじいちゃんのどこがいいの? 研究内容も時代遅れだし。古いのよ、何もかも」
「先生を悪く言うのはやめて」
「ああ、ほら、二人とも。見て、煙の色が変わってきてる」

険悪な雰囲気を察して、ランディが口を挟んだ。ジャネットが振り向くのと、セレンが真っ青になるのとは同時だった。

「駄目! 離れて!!」
「えっ!? ちょっ、セレッ」

セレンが、体当たりするようにランディを突き飛ばす。その瞬間、フラスコが破裂し、轟音と振動が部屋を揺さぶった。
ジャネットの悲鳴と、ランディの叫び声が響く。混乱の中、セレンは真紅の血溜まりに倒れ伏していた。




花束を持ったランディが、おずおずと病室に入ってくる。

「セレン……その、君の意識が戻ったと聞いて、それで。あの……気分は……」

その声は尻つぼみになって消えた。ベッドに横たわったセレンは、包帯で覆われた顔を動かすことなく、無言で天井を見つめている。
実験中の事故で、最も怪我の度合いが大きかったのがセレンだった。二人を守る為に魔法で障壁を張り、ほとんどの衝撃を自身で受け止めてしまった。右半身に酷い火傷を負い、右目を失った。火傷跡と麻痺は一生残り、杖がなければ歩くこともできない。
セレンの師である魔道士からそう聞かされて、飛んできたランディは、想像以上のセレンの様子に、二の句が告げなかった。
ランディはきつく目を閉じ、息を吐いてから、花束を放り出すと勢いよくベッドに手をついて、

「セレン……どう謝っていいか……! 僕は……君に、なんてことを……!」

絞り出すような声に、セレンがぎこちなく顔を向ける。そして、愕然と目を見張った。

「なんでもする……! 償わせてくれ……!」

肩を震わせるランディに、セレンは引き攣る唇を無理やり開いて、

「なんでも……?」

掠れた声で問いかける。

「もちろん……! 君が望むことを全て……一生かけて……!」

ランディの言葉に、セレンは目を閉じると、

「なら……あなたの人生を……私にください……」



二十年後。

「ヴィクトル! また指令書ですよ! 酷いと思いませんか!?」
「朝からうるせえな、お前は」

呆れた様子でジャガイモのポタージュをよそうヴィクトル。ルイスはスープ皿を受け取りながら、

「だって、この前の案件が片付いたばかりじゃないですか。いい加減、僕を指名するのやめてほしいです」
「下っ端の辛いところだな」

ヴィクトルは適当に答えながら、スクランブルエッグの横に焼いたベーコンを乗せ、青豆を盛り付ける。

「他の人が動けばいいんですよ。いっぱいいるんですから。ハゲとかヒゲとか」
「怒られるぞ」
「怒ってるのは僕の方ですよ!」

ぷりぷりしながらパンを取り分けるルイスに、ヴィクトルは林檎とオレンジを差し出した。

「ほれ、どっちがいい?」
「両方! ヨーグルトもください。蜂蜜かけて」
「贅沢な奴だ」

食卓につき、食前の祈りを捧げると、ルイスは指令書の内容を説明する。

「最近、魔道士の間で多発してる窃盗事件の調査……という建前で、二十年前の事故の真相を暴きたいようですね」
「指令書にそこまで書いてあるのか?」

ヴィクトルが聞くと、ルイスはベーコンを頬張りながら、

「ないですよ。でも、関係者の名前を見れば分かります。いまだに疑問視されてる事故ですからね」
「へえ?」
「ジャネット・アトキンズ、女性。ランディ・カーティス、男性。セレン・カーティス、女性。セレン女史は非常に優秀な魔道士ですよ。特に天文学に造詣が深くて、昨年は新星を発見しました」

ヴィクトルは豆を潰しながら、「そのセレンとランディは家族か?」と聞いた。
ルイスはパンを千切って、ポタージュに浸す。

「夫婦です。二十年前に結婚しました。でも、事故の前は、ランディはジャネットに夢中だったそうですよ。それを、セレン女史が負い目につけ込んで略奪したと」
「負い目?」
「ジャネットの研究を見学しに行った二人が、実験中の事故に巻き込まれたそうです。どうやらランディの魔力が干渉してしまったようで、実験器具が大爆発。セレン女史が二人を庇い、瀕死の重傷を負いました。今も体が不自由なので、人前には滅多に出てきませんね」
「ほおん。で? セレン以外は大した奴じゃないと?」

ふやかしたパンを口に入れ、ルイスは頷く。

「僕、昨年のパーティーに出席して、カーティス夫妻とジャネットに会いました。セレン女史は本当に本物の魔道士ですね。僕の師匠と同じくらいか、それ以上に凄いです。またお話し出来たらなあって思うくらいに。ランディ・カーティスは、結婚と同時に魔道士をやめてます。今は奥様の補佐に全力を注いでますよ。まあ、死者が出ないうちにやめて良かったです」
「失礼だな」
「実験の見学中に、魔力干渉起こすような馬鹿ですよ? 僕だったら、三枚に下ろして天日に干します」
「……よく分からんが、そいつに才能がなさそうなのは分かった。で、ジャネットは? 駄目なのか?」

平らげた皿を端に寄せながら聞くヴィクトルに、ルイスは意味深な笑顔を浮かべて、

「美人ですよ。今、四十半ばくらいですけど、それはもう美人です。だから、若い頃はもっと凄かったでしょうね。それこそ、皆が崇めるくらい」
「はあ?」
「そんな美人にねだられたら、研究内容の一つや二つ、簡単に漏らすんじゃないですか?」

言いたいことが伝わったのか、ヴィクトルはまじまじとルイスを見つめた。

「あ……あー……そうか。つまり、最近の窃盗事件は」
「そろそろ美貌が通じなくなってきたんじゃないですかね。同年代で有能な魔道士は、色香に惑う時期は過ぎたでしょうし。年下だと、大した研究してないですしね」
「じゃ、二十年前の事故は?」
作品名:死神と魔法使い2 作家名:シャオ