死神と魔法使い1
この後は聞かなくても分かる。エリックはシャロンに惹かれたのだろう。だが、シャロンはそれを受け入れず、エリックも一時の熱情を諦め、レイチェルと家庭を持った。収まるところに収まった関係は、レイチェルの病気がきっかけで崩れたのだろう。
「私が……私のせいです……彼女は、常に誠実だったのに……」
「あー……シャロンに迫ったのか。で、拒絶されたと」
妻が入院して不在となり、シャロンを引き留める口実がなくなったことで、エリックは衝動のまま思いを口にし、拒絶され、また衝動のままに命を絶ったのだろう。
「……それは罪にならねえんだけどなあ」
溜め息をつきながらヴィクトルは頭をかいた。
「……私は妻と……親友を裏切りました。二人の誠実さに報いることができなかった。私は罰を受けるべきなのです」
「ええ……それは俺の役目じゃねえわ。だから、あー」
ヴィクトルは諦めたように首を振って、エリックに手を差し出す。
「夜まで待ってやる。自分で決着つけろ」
エリックを事故死で処理しようというルイスの申し出に、シャロンは唖然とした顔で見つめた後、ショールの前をきつく合わせた。
「……本当に、非常識な方ね」
「今更じゃないですか。というか、あなた、本当に魔道士です?」
不思議そうに首を傾げるルイスに、シャロンは憤慨し、
「失礼ね。あなたにそこまで馬鹿にされる謂れはないわ」
「いや、ありますよ? 大ありですよ? 自分でなに言ってるか、分かってます? 師匠に教わらなかったんですか? それとも、良い師に巡り合わなかった? それなら、まあ、同情します」
「あなたね! 私の師匠まで貶めるなんて!」
声を上げるシャロンを、それでもルイスは不可解だという顔で見つめる。
「いや、だって、繰り返し叩き込まれたでしょ? 疑えって。決して囚われるなって。神の理を、世間の常識で捻じ曲げるなって。僕の師匠、そこは滅茶苦茶厳しかったですよ? あなたの師匠は違いました?」
「…………」
シャロンは口を開いて、だが、すぐに愕然とした表情で、自分の口元を押さえた。その反応に、ルイスは仰け反って、
「えっ、今? やっと? 嘘でしょ? あれだけの論文を書いていながら? 待って、そっちの方がびっくりですよ。僕、あなたの論文をいくつか読んで、すっごく感心したのに。いや、むしろ、その頭の固さで、あれだけ書けたのがすごいのかな?」
目を見開き、青ざめるシャロンに、ルイスは溜め息をついて肩を落とす。
「ああ……僕は、こんな人の為に面倒なことしなきゃいけないんですね……。がっかりです……すごくがっかりですけど……やるしかないです……。パンケーキ……パンケーキが僕を待ってる……」
しおしおになったルイスは、シャロンに背を向けて、
「不躾な時間に訪問して、申し訳ありませんでした。後は、当事者で話し合ってください。はあ……」
気が進まない様子で示した先に、坂を登ってエリックとヴィクトルが姿を見せた。シャロンが言葉を発する前に、エリックが彼女の名を呼びながら駆け寄ってくる。
「シャロン……! シャロン、すまない。私は……」
「エリック……!」
追いついたヴィクトルに、ルイスはスッと近寄って、
「行きましょう、ヴィクトル。僕はここにいたくありません」
「ああ、まあ、俺もだけど。どうした、えらく萎れてるな?」
「説明しますから、とにかく離れましょう……」
気力が尽きたようなルイスを訝しげに見ながら、ヴィクトルはエリックたちに背を向けた。
「たった今、理解しました。僕を調査員に指名したのはレディです」
宿への道を戻りながら、げんなりした顔でルイスが言った。
「変更の通達が来ないから、おかしいと思ったんですよ。シャロンはすぐに申し立てを出しただろうし、僕を続行させる理由もありませんから。レディが止めていたのなら、納得です」
「あの猫が、なんでまた」
ヴィクトルが聞くと、ルイスは首を振って、
「シャロンを助ける為ですよ。一般人を手にかけたら極刑ですし、本人もそれを望んでましたね。自殺したエリックが地獄に落ちると信じていたから、自分も後を追いたかった、と。本当に視野が狭い。ああいう手合いには、僕みたいな空気読まない若造から、現実を突きつけてやるのが手っ取り早いです。お前のしたことは、全くの無意味だって」
「自覚あったんか」
「はあ……レディにとって、全ての魔道士は我が子のようなものです。犯した罪で裁かれるならまだしも、冤罪ですからね。自分で偽造したのだから、放っておけばいいものを。愛情深いお母さんです。あのお腹には、愛と脂肪が詰まってますね」
「怒られても知らねえぞ」
ルイスは、大仰な身振りで不満を露わにする。
「怒ってるのは僕の方です。あの人たちの事情なんて、本当に、全く、心の底からどうでもいいのに、わざわざ事実を隠蔽して、偽の報告をあげないといけないんですから。バレたら怒られるの僕ですからね。全く」
「……やらなきゃいいだろう?」
呟くようなヴィクトルの言葉に、ルイスは憤慨して腕を組んだ。
「なに言ってるんですか。あなたは、あの二人が処罰されるのを望んでないでしょう? 僕は、友達の為なら全力を尽くしますよ。例え、あなたを侮辱した相手であっても」
「えっ」
虚を突かれたようなヴィクトルに構わず、ルイスは熱弁を振るう。
「大丈夫です。バレたら怒られますが、バレなきゃいいんです。僕は、そこらの魔道士とは違いますからね。だからこそ、レディも僕を指名して、あ、そうだ」
ルイスは、唐突にパンっと手を叩くと、
「レディが、朝食はパンケーキにしろって言ってました。ホイップクリームと削ったチョコレート、大きめの苺ふた粒。あのデブ、だから太るんですよ」
「怒られても、俺は庇わねえからな?」
念を押すヴィクトルに、ルイスはプイッと顔を背けた。
「僕の方が怒ってます! 全く、あなたのことを利用して!!」
「…………」
ヴィクトルは手を伸ばして、ルイスの肩を引き寄せると、
「よく焼いたベーコンに、茹で卵とサラダ。デザートはヨーグルトのハチミツがけでどうだ?」
ルイスは二、三度瞬きした後、ふにゃっと相好を崩す。
「いいですね。やる気が湧いてきます」
「じゃ、とっとと片付けようぜ。夜までは自由時間だしな」
にやっと笑うヴィクトルに、ルイスも笑顔を浮かべた。
「いいですね。朝食の後は散歩して、お昼寝しましょう」
「仕事しろ」
「すぐ終わっちゃいますよ。僕は、そこらの魔道士とは違いますからね!」
二人が自宅に戻ってから数日後、一通の手紙が届いた。
ルイスは文面に目を通すと、顔を上げて、
「ヴィクトル、シャロン・ワイヤーの件、決着しましたよ」
「へえ。どうなった?」
朝食用のベーコンを焼いていたヴィクトルは、振り返らずに聞く。